目標でなく恐怖を明確にすべき理由

Tim Ferriss / 青木靖 訳
2017年4月 (TED2017)

これは1999年の幸せな私の写真です。 大学4年のときで、ダンスの練習のすぐ後でした。私は本当に幸せでした。その10日後に自分がどこにいたか正確に覚えています。大学の駐車場にとめた自分の中古のミニバンの後部座席にいて、自殺しようと思っていました。やると決めてすぐに、万全の実行計画を立てました。崖っぷちのすぐ間際まで行きました。私が死にいちばん近かった時です。私が引き金から指を離したのは、いくつかの幸運な偶然のおかげてした。後になって私が最も怖く感じたのは、この偶然の要素でした。

それで私は自分の浮き沈みを制御するための様々な方法を系統的に試すようになりましたが、それは良い投資だったと言えるでしょう。 普通の人だと大きな鬱に襲われるのは、生涯にせいぜい6回から10回ですが、私は双極性鬱病で、家族もそうです。私はこれまでに50回以上鬱に襲われ、多くのことを学びました。何度も打席に立ち、暗闇のリングで何ラウンドも戦う中で、たくさん書きました。それで成功の秘訣や華々しい瞬間みたいな話をするのではなく、自己破壊や麻痺状態を避ける方法を伝えようと思いました。

感情的な急降下に対して最も信頼できる安全ネットだとわかったツールは、私がビジネス上の決断をする上で最も役立ってきたツールでもありますが、それは二義的なことです。そのツールとは、ストア哲学です。退屈に聞こえますよね。 ミスター・スポックのことか、あるいはこんなイメージを思い浮かべるかもしれません。雨に濡れている牛です。悲しくはなく、格別幸せでもありません。人生が与えるものをただ受け入れる無表情な生き物です。

ビル・ベリチックみたいな究極の闘士を思い浮かべはしなかったでしょう。ニューイングランド・ペイトリオッツのヘッドコーチで、NFLのスーパーボウル出場記録を持っています。この数年ストア哲学は精神的な強さを鍛える方法として、NFLトッププレーヤーの間で野火のように広まっています。

建国の父のことも思い浮かべはしなかったでしょう。ジェファーソン、アダムズ、ワシントンといった人たちですが、彼らはストア学徒でもありました。ワシントンは、バレーフォージで兵士の士気を高めるため、「カトの悲劇」というストア哲学の劇を上演しています。

では、どうしてそういう行動の人たちが、古代の哲学に注目しているのでしょう? 学問的なものに見えますよね。ストア哲学を少し違った目で見ることをおすすめします。ストレスの高い環境を生き抜き、より良い決断をするための指針としてです。

すべてはこのようなポーチから始まりました。紀元前300年頃のアテネで、キティオンのゼノンという人が、彩色されたポーチである「ストア」を歩きながら講義をしていました。それが後にストア派と呼ばれるようになりました。ギリシャ・ローマ時代の人々は、様々なことをするための総合的な体系としてストア哲学を使っていました。その中で私たちの目的のために重要なのは、自分でコントロールできることとできないことを見分け、前者に集中するよう訓練するという部分です。それによって感情的に反応することを抑えられ、とても大きな力になり得ます。

それとは逆に、たとえば自分がクォーターバックで、パスに失敗して自分に腹を立てていたら、ゲーム自体を落としてしまいます。自分がCEOで、とても大事な部下に対し小さなミスで我を忘れたら、社員を失うことになるかもしれません。自分が大学生で、どんどん落ち込んで救いがないように感じ、それが止まなければ、命を失うかもしれません。だからここでかかっているものは、とても大きいのです。

そのために使えるツールは色々ありますが、2004年に私の人生をすっかり変えたものを取り上げることにしましょう。それと出会ったのは2つのことがきっかけでした。とても親しい友人が突然若くして膵臓ガンで亡くなったこと、それから結婚するつもりでいた恋人が去ってしまったことです。愛想を尽かし、別れの置き手紙の代わりに、こんな額を残していきました。 作り話じゃありません。今でも取ってあります。「仕事時間は5時で終わりです」。彼女がこれをくれたのは、机に置いて体に気を付けるようにということでした。当時私が最初の事業にかかり切りだったからです。自分で何をやっているのかも分かっていませんでした。週7日、1日14時間以上働いていて、そのために興奮剤も飲んでいました。そして眠る時には抑制薬を飲みました。めちゃくちゃです。すっかり身動きが取れなくなり、答えを求めてシンプルであることについての本を買いました。

そして私の人生を大きく変えることになる言葉を見つけました。それは「我々は現実よりも想像の中でより苦しんでいる」という、有名なストア派哲学者、小セネカの言葉です。それで彼の書簡を読むようになり、ある訓練法を知りました。premeditatio malorum。悪を前もって熟慮するという意味です。簡単に言うと、自分が怖れ、行動を阻んでいる最悪のシナリオについて詳細にイメージすることで、すくんだ状態を克服して行動を取れるようにするということです。私の問題は心猿で、とても騒がしく、絶え間なく現れます。問題をよく考えようとしても上手く行きません。自分の考えを紙に書き出す必要がありました。それで目標の明確化ならぬ「恐怖の明確化」という、紙を使った課題を考え付きました。3ページからなるごく単純なものです。

最初のページには、このように「もし〜したなら?」と書きます。何であれ自分が怖れるもの、不安になるもの、逃げているものを取り上げます。誰かをデートに誘う。関係を解消する。昇進を求める。仕事を辞める。会社を始める。何ででもあり得ます。私の場合、4年間で初めての休みを取って、自分の事業からひと月離れてロンドンに行き、友達のところにただで泊めてもらって、自分を事業のボトルネックとして取り除くか、会社を畳むかする、ということでした。最初の列は「定義」で、その行動を取ったときに起こると想像される、あらゆる最悪のことを書き出します。10個から20個くらい。全部列挙はしませんが、2つ例を挙げましょう。1つ目は、ロンドンに行ったら雨ばかりで気分が塞ぎ、時間の無駄にしかならないというもので、2つ目は、国税庁からの通知を見落として監査や捜査を受けて会社が潰れるというものです。

次の列は「予防策」です。この列にはそのようなことが起きるのを防ぐために、あるいは少なくともその可能性を少しでも減らすためにできることを書きます。ロンドンで落ち込むことについては、携帯型のブルーライトを持って行き、毎朝15分浴びるということ。これが鬱の発作予防に有効なのを知っています。国税庁の方は、登録住所を変更して、国税庁の書類が自宅でなく会計士に届くようにすれば済みます。簡単なことです。

最後の列は「回復策」です。最悪のシナリオが起きたとき、損害をたとえわずかでも修復するために何ができるか、誰に助けを求められるかを書きます。最初のロンドンで落ち込む方は、金を捻出してスペインに飛び、日の光を浴びて塞いだ状態から立ち直ります。国税庁の通知を見落とした場合は、弁護士をやっている友達か、法学部の教授にでも電話して、どうするのが良いか、誰と話すべきか、過去にみんなどう対処したか聞くというものです。この最初のページに取り組んでいるとき心に止めておくべき問いは、「自分より知性ややる気で劣る人間で、これをやってのけた人間は過去にいるだろうか?」ということで、その答えはおそらく「はい」でしょう。

2ページ目もシンプルです。「その試みや部分的成功がもたらす利益は何か?」 恐怖を誇張し、良い面をすごく控えめに見ているのが分かるかと思います。考えていることを実際に試みたときに期待できるのは、自信が付くことなのか、スキルの習得なのか、感情的あるいは経済的なものなのか? 単打の考えられる利点は何か? 10〜15分で書き出します。

3ページ目が1番重要かもしれないので、省略しないように。「やらないことのコスト」。昇給を求めるというような何か新しいことを試みようというとき、人はどうまずいことになり得るか考えることに長けています。私たちがあまり考えないのは、現状を維持し、何も変えないことのコストです。だから自問すべきなのは、もしこの行動や決断を避けたなら自分の人生はどうなるかということで、6ヶ月後、12ヶ月後、あるいは3年後を考えます。それより先になると漠然としはじめます。詳細に考えるというのが重要です。感情面、経済面、肉体面をそれぞれ予想します。

これをやったとき怖いイメージが浮かび上がりました。私は自己治療していて、自分が離れなければ会社はいつどの瞬間にでも崩壊しかねず、人間関係は争いや失敗ばかりでした。自分にとって行動しないという選択はありえないと気付きました。

この3ページで全部です。これが「恐怖の明確化」です。これをやってみて分かったのは、1を最小10を最大とした10レベルで評価すると、この旅行をすることで1〜3レベルの一時的で回復可能な痛みを受けるリスクがあり、8〜10レベルの人生を変える半永久的でポジティブな効果があるということです。それで旅に出ました。何の災難も起きませんでした。ちょっとした問題はありましたが、私は自分を会社から解放することができました。結局その旅を延長して1年半の世界周回旅行をすることになりました。それが私の最初の本の基礎になり、私が今ここにいるのもそのためです。

私のこれまでの大きな成功と、避けられた大きな災難はすべて、少なくとも4半期に1度はやっている恐怖の明確化のお陰だと思っています。これは万能薬ではありません。怖れの中にはもっともなものだってあります。 でもよくよく調べずに結論を出すべきではありません。これで困難な時や難しい選択が簡単になりはしませんが、だいぶ飲み込みやすくはなります。

最後に、私の好きな現代のストア哲学者を紹介したいと思います。この人はジャージー・グレゴレク、オリンピックの重量挙げで4度チャンピオンに輝いています。政治亡命者で詩人でもあるという62歳ですが、今でも私はかなわないし、ここにいる人の大半はかなわないでしょう。まったく凄い人です。私は彼のストア — ポーチで多くの時間を過ごし、人生やトレーニングのアドバイスもらいました。

彼はポーランドの連帯のメンバーでした。社会改革のための非暴力運動ですが、政府によって暴力的に弾圧されました。彼は消防士の仕事を失い、師である神父は誘拐され、拷問され、殺されて川に捨てられました。彼もまた脅迫され、妻とポーランドを脱出しなければならなくなり、国々を点々として、着の身着のままアメリカにたどり着きました。彼は今カリフォルニア州ウッドサイドの、とても良い所に住んでいます。彼は私がこれまでに出会った1万人以上の人の中で、成功と幸せという点で10本の指に入ります。

ここが肝心なのでよく聞いてください。何週間か前、彼にメッセージを送って尋ねました。「ストア哲学についてお読みになったことはありますか?」 すると彼から2ページのメッセージが返ってきました。これは珍しいことで、とても木訥な人なんです。 彼はストア哲学をよく知っていただけでなく、人生で重要だった決断、人生の転換点、自分の原則や倫理のために立ち上がった時に、ストア哲学と恐怖の明確化のようなものを使っていたというのです。驚きました。

最後に2つのことが書かれていました。第1に、ストア哲学の人生ほど美しい人生は想像できないということ。そして彼がすべてに適用しているという指針がありました。これは皆さんも使えるものです。「容易な選択は困難な人生をもたらし、困難な選択は容易な人生をもたらす」。困難な選択 — 私たちが行うこと、聞くこと、言うことを最も怖れるものは、まさにやる必要のあることである場合がよくあります。そして私たちが直面する大きな困難や問題というのは、頭の中であれ他人に対してであれ、快適な会話で解決するものではありません。

こう自問することをおすすめします。今の自分にとって、自分の恐怖を明確化することは目標を明確化することよりも重要ではないか? セネカの言葉をいつも心にとめておくようにしましょう。「我々は現実よりも想像の中でより苦しんでいる」。

どうもありがとうございました。(拍手)

 

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オリジナル:  Tim Ferriss: Why you should define your fears instead of your goals