先延ばし魔の頭の中はどうなっているか

Tim Urban / 青木靖 訳
2016年2月 (TED2016)

大学では政治専攻だったので、レポートを沢山書かなければなりませんでした。普通の学生がレポートを書く場合、作業量はこんな感じに分布していることでしょう。

これだと、はじめはゆっくりですが、最初の週、十分に進めておいて、後半多少負荷が高くはなっても、秩序ある状態が保たれています。私だってそんな風にやりたいと思います。予定としては、すぐ取りかかるつもりでいますが、実際にレポートをやる段になると、私の場合こんな風になってしまいます。

毎回こういうことになるんです。それから90ページの卒論を書くことになりました。1年かけて書くべきものです。いつものようなやり方が通用しないのは分かっていました。規模が大きすぎます。それで計画を立てて、こんな感じでやろうと決めました。

1年の計画です。はじめは軽く、中間で少し上がり、終盤でスパートをかける。なだらかな階段のような感じです。この階段を上っていくのは難しいことではないでしょう。しかしおかしなことが起きました。最初の数ヶ月がやって来ては過ぎましたが、何もできませんでした。そのため計画はこう変更されます。

それから真ん中の期間も過ぎて行きましたが、書くことができず、こういう状態になります。

さらに2ヶ月が1ヶ月になり、

それがさらに2週間になります。

ある朝目覚めると、締め切りまで3日しかありません。(笑)

まだ一言も書けておらず、選択の余地はありません。90ページの論文を72時間で書くことになり、2晩連続で徹夜しました。人間の体はそんなことするようにできてはいませんが。キャンパスを全力で駆け抜け、時がスローモーションに変わり、締め切りの瞬間に提出しました。

それですべて終わったと思っていましたが、1週間後に電話が来ました。大学からです。
「ティム・アーバンさんでしょうか?」
「はい」
「提出された論文についてお話しがあります」
「はあ」
それで言われたのは
「あんな素晴らしい卒論は見たことがありません」
(笑)
(拍手)
・・・なんてことは起こりませんでした。(笑) まったくひどい論文でした。一瞬でいいから、みんなに「この人天才じゃない?」って思われたかっただけです。まったく酷い論文です。

現在の私は物書きで、「WaitButWhy」(だけど何で?)というブログを書いています。2年ほど前に「先延ばし」について書こうと決めました。私の振る舞いがいつも周りの人を困惑させていたので、先延ばし屋の頭の中で何が起きていて、私たちがなぜそんな風なのか、世の先延ばし屋でない人たちに説明したいと思ったんです。先延ばし屋の脳とそうでない人の脳にはきっと違いがあるはずだと思い、それを確認するため、私の脳と先延ばし屋でないことが確かな人の脳のMRIを取ってくれる所を見つけ、比較してみることにしました。その結果を今日ここに持ってきています。違いが分かるか注意して見てほしいと思います。脳の専門家でもなければ分かりにくい違いですが、まあとにかく見てみてください。これが先延ばし屋ではない人の脳です。

これに対し、私の脳だと—

これが両者の違いです。どちらの脳にも「理性的意志決定者」がいますが、先延ばし屋の脳の場合にはそれに加えて「すぐにご褒美が欲しいおサル」がいるんです。それが先延ばしにどう関わるのか? 万事は順調です、こうなるまでは。

理性的意志決定者は何か生産的なことをするという理性的決断をしますが、おサルはそれが気に入りません。それで舵を横取りして言うのです。

「そうだナンシー・ケリガンとトーニャ・ハーディングの事件に関するウィキペディアの記事を読もう。そんなことがあったのを思い出したから。それから冷蔵庫を調べに行って、10分前から何か変わっていることがないか確認しなきゃ。

そのあとはYouTubeスパイラルが待っている。リチャード・ファインマンが磁石について語るビデオから始って、ずーっと後のジャスティン・ビーバーのママのインタビューまで見るんだ。それで当分手一杯だから、悪いけど今日はもう仕事を入れる余裕なんてないね」

何が起きているんでしょう? おサルは舵取りをして欲しい相手ではありません。今の瞬間だけに生きています。過去の記憶も未来についての知識もなく、気にかけるのはただ2つ、ラクで楽しいことだけ。

動物の世界であればそれで問題はありません。犬であれば、ずっとラクで楽しいことだけやって過ごすのは大成功の生き方でしょう。おサルにとっては人間も動物の一種に過ぎません。よく食べ、よく眠り、次の世代を生み出しさえすればいい。原始生活をしていた頃はそれでも良かったかもしれませんが、今や原始生活をしているわけではありません。我々は進んだ文明社会にいますが、おサルにはそれが何か分かっていません。脳にもう1人「理性的意志決定者」がいるのはそのためで、他の動物にはない能力を与えてくれます。私たちは未来を想像し、大局を見ることができ、長期的計画を立てられます。理性的意志決定者はすべてのことを考慮に入れ、今自分の為すべきことをやらせようとします。

ラクで楽しいことをするのが理にかなっていることもあります。晩ご飯の時や、眠る時や、余暇の時など。両者には重なる部分があり、意見が合うこともあります。

しかし大局的な判断として、難しくてあまり楽しくないことをするのが理にかなう場合もあります。そういうときに対立が生じます。先延ばし屋の場合、この対立がいつもある結果に終わる傾向があり、多くの時間をオレンジ色で示した部分で過ごすことになります。やるのが理にかなわないラクで楽しいことです。私はこの領域を「暗黒の遊び場」と呼んでいます。(笑)

暗黒の遊び場は先延ばし屋にはお馴染みの所で、遊んでいる場合じゃないときに遊ぶことになる場所です。暗黒の遊び場での楽しみは、実際に楽しくはありません。それは得るべきではない楽しみで、罪悪感、怖れ、不安自己嫌悪といった先延ばしの感覚に満ちています。問題は、おサルが舵を取っている状況で先延ばし屋はいかにして青い領域、快適さは劣るが本当に重要なことが起きる場所に移れるかということです。

実は先延ばし屋には守護天使がいて、いつも見守ってくれています。最悪の時だろうとも。それは「パニック・モンスター」とも呼ばれています。

パニック・モンスターはほとんどの場合眠っていますが、締め切りが迫る、面目を失いそう、職業上の危機といった恐ろしい結末が近づいているとき、突然目を覚まします。重要なのは、それがおサルの唯一恐れるものだということです。ごく最近私はそのお世話になることがありました。半年前にTEDの人たちがコンタクトしてきて、TEDトークをしてみないかと誘われたのです。もちろん「やります」と答えました。「昔TEDトークをしたことがある」と言えるようになるのが長年の夢だったんです。(笑)

この興奮のさなかにあって理性的意志決定者は別のことを気にかけています。
「何を引き受けたか分かってる? 将来のある日に起きることが何か分かってんの? 今すぐ腰を据えて取りかからないと!」
おサルがそれに答えます。
「まったく賛成だけど、取りあえずGoogleアースを開いてインドの下端を地上60mまで拡大し、2時間半スクロールして上の端まで行ったら、インドのイメージがよく掴めるんじゃないかな」
それでその日はずっとそれをしていました。(笑) 6ヶ月が4ヶ月になり、2ヶ月になり、1ヶ月になり、TEDが講演者の一覧を公開しました。そのページを開くと、見つめ返す自分の顔がそこにありました。それで誰が目覚めたでしょう?

パニック・モンスターが半狂乱になり、すぐにシステム全体が大混乱に陥りました。

おサルがパニック・モンスターを恐れるのを思い出してください。それで木の上に逃げ出します。

これでようやく理性的意志決定者が舵を取れるようになって、私は講演の準備に取りかかれました。

パニック・モンスターにより先延ばし屋の常軌を逸した振る舞いも説明でき、2週間かけてレポートの出だしの1行も書けずにいたのが、奇跡のように強烈な労働倫理に目覚め夜通しかけて8ページ書き上げる、なんてことも起きるのです。これが3人の登場人物のいる全体の状況、先延ばし屋のシステムです。きれいなものではありませんが、最終的には機能します。

これが2年前ブログに書くことにした内容です。書いてみるとブログへの反応に驚くことになりました。文字通り何千というメールが世界中から寄せられました。実に様々な人々から。看護師、銀行家、画家、エンジニア、そして実に多くの大学院生。みんな書いていることは一緒でした。「自分も同じ問題を抱えています」。しかしそのブログ記事の軽さと受け取ったメールの重さは対照的でした。先延ばしが彼らの人生に及ぼしている影響への強い苛立ちをもって書かれていたんです。おサルのせいでどんな目に遭っているかと。それを見て思いました。先延ばし屋のシステムは機能するのに、どうなっているんだろう? なぜ彼らはそんな暗澹とした状態にあるのか?

分かったのは、先延ばしにも2種類あるということです。私の話した例では締め切りがありました。締め切りがあると、先延ばしの影響は短い期間に限定され、パニック・モンスターが登場します。しかし別の種類の先延ばしもあって、それには締め切りがありません。個人事業家や芸術家のような起業的な仕事の場合、はじめのうちは締め切りがありません。出かけていって何かをし、軌道に乗って走り出すまでは、何も起こらないからです。また仕事以外で大切なことには締め切りのないものがたくさんあります。家族に会いに行くとか、運動し健康を保つとか、人間関係を築くとか、うまくいかない関係を解消するとか。

先延ばし屋がこういった難しいことをするためのメカニズムがパニック・モンスターだけだったとすると問題があります。締め切りがない状況ではパニック・モンスターは現れないからです。目覚めさせるものがなく、先延ばしの影響が限定されず、いつまでも先延ばしし続けることになります。そのような長期的な類の先延ばしは、滑稽で短期的な締め切りのある先延ばしに比べ、目に付きにくく語られることもありません。通常、ひとり静かに苛まれることになり、長期的で大きな不幸や後悔の源になり得ます。それがあの人たちがメールを書いた理由であり、そんな酷い状況にある理由なんだと思いました。何かのプロジェクトで缶詰になっているわけではありません。長期的な先延ばしは、自分の人生に対し傍観者のように感じさせます。彼らの苛立ちは、夢を実現できないことではなく、夢を追い始めることさえできずにいることなのです。

そういうメールを読んでいてひらめいたことがあります。先延ばし屋でない人なんていないということです。みんな先延ばし屋なんです。私みたいにメチャクチャではないにしても。締め切りと健全な関係を保てているかもしれません。でも、おサルの問題が一番嫌らしいのは、締め切りがない時だということに気を付けてください。

最後に1つお見せしたいものがあります。「人生カレンダー」です。

それぞれの箱は90年の人生における各週にあたります。そんなに沢山あるわけではありません。おまけに私たちはもう、かなり使っていますから。私たちはみんなこのカレンダーをじっくり眺めてみるべきだと思います。自分が本当に先延ばししていることは何なのか? 誰でも何かは先延ばししているはずだからです。すぐにご褒美が欲しいおサルのことを意識している必要があります。これは我々みんなにとっての仕事です。箱がそんなに沢山はないことを考えると、この仕事は今日にでも始めるべきでしょう。まあ、今日すぐじゃないにしても。(笑) できれば遠くないうちに。ありがとうございました。(拍手)

 

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オリジナル:  Tim Urban: Inside the mind of a master procrastinator