ビデオによる教育の再発明 (TEDTalks)

Salman Khan / 青木靖 訳
2011年3月

カーンアカデミーといえば充実したビデオで知られているので、最初に少しその一部を紹介ビデオで見ていただきましょう。

(ビデオ) だから斜辺の長さは5になります。 / この動物の化石が見つかるのは南アメリカのこの地域。帯のようになっていますね。それにアフリカのこの地域だけです。 / この曲面上で積分できますが、記号としてはふつう大文字のΣを使います。 / 国民公会は公安委員会を作りました。公安というと聞こえはよいですね。 / ほら、これがアルデヒドで、これがアルコールです。 / エフェクターと記憶細胞に分化し始めます。 / 銀河だ。ほら、ここにも銀河。あ、こっちにも銀河がある。 / 金額としては、彼らの3千万ドルに加え、アメリカの製造業者からの2千万ドルがあります。 / もしこれに心を奪われないのだとしたら、きっと君には感情がないのでしょう。(笑いと拍手)

サイトにあるビデオは今や2,200本にのぼり、算数の基本からベクトル解析まで網羅し、他にもご覧いただいたようなものがあります。月に100万の生徒が利用し、1日に10万から20万回ビデオが見られています。今回は、私たちが取り組んでいる次の段階についてお話しします。しかしその前に、これを始めた経緯についてお話ししましょう。ご存じの方もいるかもしれませんが、5年前、私はヘッジファンドのアナリストでした。ボストンに住んでいて、ニューオリンズのいとこに、遠隔で家庭教師をしていました。それから何かの足しになればと思って、YouTubeにビデオをアップし始めました。いとこが復習に使える、おまけのようなものとしてです。

YouTubeビデオをアップしてすぐ、面白いことがいろいろありました。いとこが感想を聞かせてくれたんですが、YouTubeビデオの方が私から直接習うよりいいそうです。(笑) 何か褒め殺しみたいですが、これはすごく根本的なことです。彼らには生身の私より、再生された私の方がありがたかったのです。一見直感に反するようですが、彼らの立場になって考えると理解できます。私に時間を割かせる負い目なしに、授業を一時停止したり、繰り返し再生したりできます。何週間前とか何年前とかに学んでいたはずのことを復習しなければならない時も、恐縮しながら頼む必要はありません。単にビデオを見ればよく、退屈な部分は飛ばすこともできます。好きなときに自分のペースで見られます。もう1つビデオにはありがたい利点があります。新しい学習課題をはじめて頭に入れようとしているとき一番嫌なのは、他の人に「理解できたか?」と聞かれることでしょう。直接教えていたときには私もよく聞いていました。今や彼らは自分の部屋で、くつろいで勉強することができるのです。

それからこんなこともありました。YouTubeにアップしたとき、別に非公開にすべき理由もなかったので、誰でも見られるようにしていたんですが、そうしたらビデオを見た世界中の人から、コメントや手紙や様々な反応を受け取るようになりました。いくつかご紹介しましょう。これは最初の微積のビデオに対してある人がYouTubeに書き込んだコメントです。「微分をしていて笑顔になったのはこれが初めてです」(笑)  考えてみてください。この人は微分をしていて笑みを浮かべたのです。このコメントへのレスポンスとして、同じスレッドに他の人が書いています。「僕も同じです、ナチュラルハイになって、1日良い気分でした。授業で見ていた『マトリックス』(行列)の教科書を全部思い出して、なんか“カンフー修得”って感じです」(笑)

そういう反応がたくさんあります。確かに人々の役に立っていたのです。見る人の数はどんどん増えていき、手紙を受け取るようにもなり、あのビデオは「何かの足し」という以上のものなのだと気づきました。これはそういった手紙の1つです。「12歳になる私の息子は自閉症で、数学ではすごく苦労していました。あらゆるものを見て、買って、試す中で、あなたのビデオに出会い、そこで初めて小数を理解できたのです。その次の手強い分数も理解できました。信じられない気持ちです。息子はもう夢中になっています」。考えてみてください。私はヘッジファンドのアナリストだったんです。それが社会的に価値あることをやるなんて変な話です。(笑いと拍手)

私はとても嬉しくなって続けました。そうして気づいたのは、私のビデオはいとこや手紙を送ってくれた人たちに今役立つというだけでなく、教えている内容は古くはならないので、子や孫の世代にも役立つかもしれないということです。もしアイザック・ニュートンが微積のYouTubeビデオを残していたら、私がやる必要はなかったんです。(笑)  まあ彼がうまかったらの話ですが。(笑)

この時点でもまだ私は、「きっといい補習教材になってるんだ。やる気のある生徒や、親に教わる人には役立つのだろう」と思っていました。これが学校の教室に入り込むとは予想していませんでした。でも学校の先生から手紙が来て、その先生の曰く、「私たちはあなたのビデオを使って教室をひっくり返しました・・・」。これは将来アメリカ中の教室で起きることかもしれません。「・・・宿題としてビデオを見てくるように指示しています。そして以前は宿題にしていたことを、生徒たちは今や教室でやっているのです」

少し立ち止まって・・・(拍手)・・・立ち止まってよく考えたいのです。これにはとても興味深い点があるからです。先生たちがそうすれば明らかな利点が生じます。つまり生徒たちは、私のいとこ同様にビデオを楽しむことができるのです。一時停止し、繰り返し再生し、自分のペースで進められます。しかしもっと面白いのは、教室でのテクノロジー利用の話としては直感に反するでしょうが、一律的な講義を教室からなくし、生徒に家で自分のペースで講義を受けさせ、その後教室で先生のいるところで宿題をさせて先生や他の生徒と交流できようにすることで、先生たちは教室をテクノロジーによってより人間的なものに変えたのです。教室というのはこれまで非人間的な場でした。30人の子どもたちは、口を閉じ、互いにおしゃべりすることができず、先生はいかに優れていようと、十把一絡げの授業を30人の無表情で少し反抗的な生徒相手に進めることになります。それが今や人間的な体験へと変わり、互いにコミュニケートできるのです。

それでカーンアカデミーを・・・私は仕事もやめて、ちゃんとした組織を作り、非営利組織にしました。問題は、これをどう次の段階へと進めるかです。どうすればあの先生たちのやっていることが当然の帰結になるのでしょう? ご覧いただいているのは、私がいとこのために作るようになった演習問題です。最初のはもっと素朴なものでしたが、これはずっと改良されています。課題を理解して10問連続で正解するまで、いくらでも問題を生成するようになっています。カーンアカデミーのビデオもあるし、解き方が分からなければ、ヒントを見られるようになっています。考え方はとてもシンプルなもので、10問連続で解けたら先に進みます。これは今教室で行われていることとは根本的に異なります。

従来の教室では、宿題があり、宿題、授業、宿題、授業、それに小テストがあります。理解できたのが70%だろうと80%だろうと90%だろうと95%だろうと、授業は先へと進められます。95%が理解したとしても、5%の人はどうなるのでしょう? 0乗が何になるのか知らなくとも、それを基礎にした次の概念を学ぶのです。自転車の乗り方をそんな風に覚えるとしたらどうでしょう? はじめに乗り方の説明をして、それから2週間ほど自転車で実習させ、その2週間が終わったら言うのです。「チェックするぞ、左折に難があるな。きちっと止まれないようだ。君は自転車乗りとしては80点だ」。そして大きな「可」のスタンプを額に押すと、「じゃあ次は一輪車だ」と言うのです。馬鹿げた話に聞こえるでしょうが、今教室で行われているのは、まさにそういうことなのです。先へ進んでいくと、できる生徒でも、代数で急に分からなくなったり、微積で急に分からなくなったりします。生徒や先生がちゃんとしていてもです。その理由は、基礎の部分にスイスチーズみたいな穴があるためです。私たちのやり方では、数学も自転車と同じように学びます。自転車に乗っては転び、乗りこなせるようになるまで必要なだけ続けます。従来的なモデルでは、実験して失敗したら罰を与えられますが、それは上達への道ではありません。私たちは実験すること、失敗することを勧めています。そしてマスターできると信じています。

これはまた別な教材です。これは三角関数。これは関数の平行移動と対称移動。それがグループになっていて、そういうグループが90ほどあります。無料でご覧いただけます。何かを売ろうというのではありません。すべてがこの知識マップに当てはまるようになっています。一番上にあるのは、文字通り1桁の足し算です。1足す1は2みたいなことを学びます。そして10問連続で解けるようになったら、だんだんと難しい題材に進んでいきます。この知識マップを下へと進んでいくと、上級の算数が出てきます。さらに進むと、小学校や中学校の代数があり、さらに進むと代数I、代数II、さらに解析入門が出てきます。ここからすべてのことを教えようと考えています。まあ、このような枠組みで教えられることは、ということですが。私たちが取り組んでいるのは、この知識マップによって、論理学や、プログラミングや、文法や、遺伝学を基礎から学んでいくことができ、これとこれが分かれば、次にこれを学べるとわかるようにすることです。これは個人で学ぶ人に最適です。皆さんもお子さんとやってみてください。皆さん自身もぜひやってみてください。きっと夕食のテーブルでの会話が変わるでしょう。

先ほどの先生がメールしてくれた教室をひっくり返すことを当然のことに変えるのが、私たちの目指していることです。これはロスアルトス学区で試験的に行っているデータです。5年生のクラス2つと、7年生のクラス2つで、数学のカリキュラムを刷新しました。子どもたちは教科書を使いません。十把一絡げの授業もありません。数学の授業の半分で、カーンアカデミーのソフトウェアを使っています。これが完結した数学教育だと思っているわけではありません。これが実際にしているのは、時間を作り出すということです。つまずき、体当たりすることで、連立方程式をしっかり身に付けられ、一方でシミュレーションやゲームをやり、力学やロボット製作を学び、影の長さで丘の高さを測るための、時間を作り出せるのです。

基本としては、先生が毎日やってきて、子どもたちは自分のペースでやります。これはロスアルトス学区のダッシュボードで、彼らが実際に見ているものです。縦に生徒が並んでいて、横に学習課題が並んでいます。緑色は生徒が既に理解していること、青は学習中で問題がないこと、赤は行き詰まっていることを示しています。先生がするのは、「ひとつ赤い子を見てやろう」ということです。もっといいのは、「この課題を、もう理解している緑の子に、クラスメートを教えてもらおう」、ということです。(拍手)

私はデータを駆使する世界にいたので、先生たちには、子どもたちにばつの悪い質問をさせたくありません。「分からないのは何?」とか「どこまで分かった?」とか。先生たちには可能な限り情報の武器を渡します。金融やマーケティングのような分野同様、教育にもデータが必要です。先生は生徒の抱えている問題を把握して、生徒との対話を効果的に行えます。これによって、それぞれの生徒が何をやっているかわかり、毎日の勉強時間、見ているビデオ、いつ止めたか、やめたのは何か、どの練習問題をしているか、どこに集中しているかがわかります。外側の輪はやっている練習問題の範囲を示し、内側の輪は見ているビデオの範囲を示しています。データはとても細かいので、生徒ができる問題、できない問題が正確にわかります。赤は間違いで、青は正解です。一番左は最初にやった問題で、そこでビデオを見ています。そして最後には10問連続で解けました。生徒がその10問を解いているのを実際に見ているかのようです。どんどん早くなっています。高さはかかった時間を表しています。

マイペースの学習というのはみんなに有用なものです。教育用語では個別化学習と呼んでいますが、実際教室でやるとすごいものがあります。私たちがこれをやるたびにどの教室でも見られるのは、5日もすると競って上がっていく子どもたちと、もっと遅い子どもたちとに分かれます。今までは、ある時点で評価をして、「この子はできる子、この子はできない子だ」と言っていました。「別々に扱うべきかもしれない、クラスを分けたほうがいいかも」。でも自分のペースでやらせると、これは何度も目にしていることなのですが、最初のいくつかの課題を学ぶときに時間のかかっていた子どもたちが、それを理解したあと急に上昇を始めるのです。6週間前にはできない子と思っていた子が、今やできる子になっているのです。そういうことは何度もあります、私たちが恩恵を受けている肩書きのどれほどが、実際は偶然にもたらされたものかと思います。

ロスアルトスのような場所で同様に重要な点として私たちが目指しているのは、世界的なスケールで教育の場を人間的にすることです。これは興味深い視点をもたらします。教室をより人間的なものにする努力はもっぱら「生徒あたりの先生の数」に向けられています。私たちから見ると、重要な指標は「生徒あたりの、貴重で人間的な先生の時間」であるべきなのです。従来のやり方では、先生の時間のほとんどは、講義したり成績をつけたりすることに費やされます。生徒の横について一緒に取り組む時間は、せいぜい5%といったものでしょう。今や100%の時間をそこに充てられます。テクノロジーを使うことで、教室をひっくり返すだけでなく、教室を人間的にすることができるのです。それも5倍、10倍という割合でです。

これはロスアルトスで有効でしたが、大学に入り直すために当然の知識を勉強し直そうとして戸惑っている大人にも役立ちます。日中は家族のため働かなければならず、そのため学校に行くことができないカルカッタの路上の子どもにも役に立つでしょう。今や彼らは毎日2時間使ってみんなに追いつき、自分の無学に恥ずかしい思いをせずにすむのです。教室の中でクラスメートが教え合うところを想像してみてください。これは同じ1つのシステムですから、この教え合いを1つの教室の中に限るべき理由はありません。カルカッタの生徒が突如皆さんのお子さんを教えはじめ、皆さんのお子さんもカルカッタの子どもに教えるところを想像してみてください。今現れようとしているのは、全世界が1つの教室になるということです。それが私たちの作ろうとしているものです。どうもありがとうございました。

(スタンディングオベーション)

ビル・ゲイツ  君がこのシステムでやっている、モチベーションやフィードバックに関すること、ポイントやバッジといったものを見せてもらったけど、どんなことを考えているのか教えてもらえる?

サルマン・カーン  ええ、すごいチームが取り組んでいます。もう私1人でやっているわけではありません。ビデオは今もすべて私が作っていますが、ソフトウェアを作っている最高のチームがいます。いろんなゲームの要素を組み込んでいて、地域ごとのスコアボードがあり、バッジがもらえたり、ポイントがついたりします。実際すごくおもしろいです。バッジの名前や、何をやったら何ポイントもらえるということで、何万という5年生、6年生たちが、こっちに向かったりあっちに向かったりしています。あのバッジがもらえるぞということで。(笑)

ゲイツ  ロスアルトスでやっている共同作業はどうやって始まったの?

カーン  ロスアルトスはすごいです。教室で使われることになるなんて元々考えてなかったんですが、あるとき委員の人たちが来て聞きました。「教室を白紙委任すると言ったら、どうしますか」。「私ならただ生徒たちに自分のペースでやらせ、ダッシュボードを用意します」と答えました。すると「それは過激ですね。考えさせてください」と言いました。私やチームのみんなは「やりましょうとはまず言わないだろうね」と思っていたのに、次の日に「2週間後から始めていただけますか」と言われたんです。(笑)

ゲイツ  今やっているのは5年生の数学だったよね?

カーン  5年生のクラス2つと、7年生のクラス2つです。地区というレベルでやっています。先生たちが喜んでいるのは子どもたちを追跡できる点です。学校の中だけではありません。クリスマスだろうと勉強している子どもたちがいます。あらゆることを追跡できます。地区全体で子どもたちを追跡できるのです。年度の区切りで先生が変わっても、途切れることなく地区というレベルでデータを見られます。

ゲイツ  今見てきた画面は、子どもたちがどういう具合か、先生が追いかけられるようにするためのものだね。だからこれを見た先生たちからフィードバックを得られるわけだね?

カーン  ええ、この多くは先生たちの要望で作ったものです。子どもたちが自分のデータを見られるように作ったものもありますけど。先生たちとしっかり連携してやっています。「これはいいんだけど、ここのところを・・・」と要望が来ます。たとえば先生たちが、「どうもみんなあちこち飛び回っていて、集中していないようだ」と言うので、あのフォーカスダイアグラムを作りました。だから先生主導でやっています。ほんとにすごいです。

ゲイツ  大々的に使われる準備ができていると思う? 来年度にはたくさんのクラスがこれを試すべきだと思う?

カーン  ええ、準備できています。すでに百万というユーザがいます。少しばかり増えてもどうってことありません。(笑)  アメリカ中の教室が明日使うようになっていけない理由はありません。

ゲイツ  教え合うというビジョンだけど、そのアイデアは、僕の勘違いでなければ、ユーザインタフェースのどこかでボランティアする人を見つけ、その評判を見て、予定を入れたり連絡を取ったりできるということかな?

カーン  その通りです。そしてそれを、この場の皆さんにおすすめしたいのです。先生用のダッシュボードは、今すぐログインして見に行くことができ、自分の子どもや甥やいとこやクラブの子どもたちのコーチになれます。相談相手や先生にすぐになれるのです。すべて揃っています。

ゲイツ  すごいね。教育の未来を垣間見せてもらった気がするよ。どうもありがとう。

カーン  ありがとうございます。

(拍手)

 

[これはTED公式日本語訳です。翻訳をレビューしていただいたSatoshi Tatsuhara氏に感謝します。]

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オリジナル: Salman Khan: Let's use video to reinvent education