Regina Dugan / 青木靖 訳
2012年3月
技術オタクには優しくすべきです。私は敢えてこう言います。もし身の回りに技術オタクがまだいないようなら、1人くらい見つけるべきだと。少なくとも私自身はそう思います。科学者や技術者は世界を変えます。私がお話ししたいのはDARPAという魔法のような場所のことです。そこでは科学者や技術者が失敗への恐怖をはねのけ、不可能に挑んでいます。不可能と失敗という考えはみんなが思っているよりも強く結びついています。失敗への恐怖を取り除くとき、不可能が突然可能になるからです。
どうすればそうなるのか知りたければ、こう自分に問うてみてください。「絶対失敗しないと分かっていたとしたら、どんなことに挑戦しようとするだろう?」 本気でこの問いを考えるなら、きっと居心地悪く感じるはずです。私は感じます。こう問うたとき、失敗の恐怖がいかに自分を制限しているかに気づくからです。それがいかにすごいことへの挑戦を押しとどめ、人生を退屈なものにし、驚くようなことを起きなくさせているか。いいことは起きるにしても、驚くほど素晴らしいことは起きなくなります。
誤解のないように言っておきますが、私が勧めているのは失敗することではなく、失敗への恐怖をなくすということです。私達を制限しているのは失敗自体ではありません。本当に新しい、かつて為されたことのないものへと至る道は、常に失敗を伴います。試練を受けるのです。ある意味試練は、偉大なことへと至る途上にある感触を与えてくれるのです。クレマンソーは言っています。「人生は失敗したときに面白くなる。失敗は自分を越えたというしるしだからだ」。
1895年、ケルヴィン卿は空気よりも重い飛行機械は不可能であると断言しました。1903年10月、空気力学の専門家の間で支配的だった意見は、1千万年後だったら空飛ぶ機械も作れるかもしれないというものでした。その2ヶ月後の12月17日、オーヴィル・ライトは最初の動力飛行機でノースカロライナの浜辺を飛行しました。飛行時間は12秒、距離は40メートル。1903年のことでした。
1年後に、また別な不可能の宣言が出てきます。フランス陸軍で最も独創的で明敏な知性を持つと言われた将軍フェルディナン・フォッシュは、「飛行機は面白いおもちゃだが、軍事的価値はない」と言いました。40年後、空気力学の専門家たちは遷音速(transonic)という用語を作り、綴りのsを1つにするか2つにするかで議論していました。彼らはこの飛行機の時代にあって疑問を抱えていました。音速よりも速く飛ぶことがそもそも可能なのか分からなかったのです。1947年にはマッハ0.85を超える風洞データはありませんでした。それにもかかわらず、1947年10月14日火曜日、チャック・イェーガーはベルX-1のコクピットに乗り込んで未知の可能性に向けて飛び立ち、音速よりも速く飛んだ最初のパイロットとなったのです。アトラスロケット8つのうち6つは発射台の上で爆発しました。11回の完全なミッション失敗ののち、初めて宇宙からの画像を手にできましたが、この最初の飛行だけでU-2偵察機による調査のすべてを合わせたよりも多くのデータが手に入ったのです。そこに至るまでには多くの失敗が重ねられました。
空を飛べるようになって以来、人類はより速くより遠くへ飛びたいと思い続けてきました。そのためには不可能に見えることでも実現できると信じる必要がありました。失敗への恐怖を拒む必要がありました。このことは現在でも変わりません。今日お話しするのは遷音速飛行でも超音速飛行でもなく、極超音速飛行の話です。マッハ2とか3ではなく、マッハ20です。マッハ20だと、ニューヨークからここカリフォルニア州ロングビーチまで11分20秒で来られます。このスピードで飛ぶと、翼の表面は金属も溶けてしまう摂氏2,000度に達します。まるで溶鉱炉のようで、飛びながら翼を燃やすような状態になります。そして私達はそれをやろうとしているのです。
DARPAの極超音速試作機は、これまでに作られた操縦可能な飛行機として最速のものです。ミノタウロスIVロケットで宇宙に近い高度まで運び上げてから射出します。ミノタウロスIVは推進力が強すぎるので威力をそぐ必要があり、軌道のある部分では迎角89度で飛行させています。これはロケットとしては不自然な動作です。ロケットの三段目にカメラがついていてロケットカムと呼んでいます。それが極超音速グライダーに向けられています。これは1回目の飛行におけるロケットカムの実際の映像です。形を隠すためアスペクト比を若干変えてありますが、これはロケットの第三段目から撮影した、無人グライダーが地球の大気圏に向かう様子です。
2回飛行を行いました。最初の飛行では機体の空力的制御なしでしたが、それでも極超音速飛行について30年間の地上試験すべてのデータを合わせたよりも多くのデータを取ることができました。2回目の飛行では3分間完全に制御されたマッハ20での空力的飛行を行いました。もう一度飛ばす必要があります。かつて行われたことのない途轍もないことをするには、実際に飛ばすしかありません。飛ぶことなしにマッハ20の飛行について学ぶことはできないのです。
運動性はスピードに代わるものではありませんが、それに劣らず重要なものです。マッハ20のグライダーだとニューヨークからロングビーチまで11分20秒ですが、ハチドリなら、さあ何日かかるでしょう。ハチドリは極超音速ではありませんが、高い運動性を持っています。事実、ハチドリは後ろ向きに飛べる唯一の鳥です。上にも下にも前にも後ろにも飛べ、上下逆さになっても飛べます。屋内や人の入れない場所に行かせたいなら、十分に小さく運動性の高い飛行機が必要になります。
これはハチドリロボットです。後ろも含め、あらゆる方向に飛べます。空中に静止したり回転することもできます。この試作機にはビデオカメラがついていて、重さは単三電池1本よりも軽くできている上、蜜を吸いません。2008年には20秒間飛べました。1年後には2分になり、それから6分、今では11分になりました。たくさんの試作機が墜落しました。本当にたくさんの・・・。でもハチドリのように飛ぶ方法を学ぶには、飛ばす以外にないのです。(ハチドリロボットが飛び始める——拍手) 美しいと思いません? ああ、素敵。マットは人類初のハチドリパイロットです。(拍手)
失敗は、新しくすごい物を作る過程の一部なのです。失敗を恐れていたら新しくすごいものを作るのは不可能です。でこぼこの地面を犬のように安定して歩くロボット。氷の上さえ歩きます・・・。チーターのように走るロボット。階段を人のように上れ、時折人と同じ様なドジもするロボット。スパイダーマンはいつか、ヤモリマンになるかもしれません。ヤモリは指先1つでぶら下がっていることができます。ヤモリの足の裏には1平方ミリあたり1万4千本の毛状の構造があって、それが分子間力によって面に張り付きます。現在の技術でヤモリの足の裏の毛に似た構造を作ることができます。出来上がった10センチ四方の人工ナノ・ヤモリ粘着物は、300キロの静的荷重を支えられます。つまり42インチプラズマテレビ6台をネジなしで壁に貼り付けられるのです。なかなかすごいマジックテープでしょう?
受動的構造だけではなく、マシンだってナノテクで作ることができます。これはハダニです。大きさ1ミリですが、マイクロマシンの横だとゴジラのように見えます。ハダニがゴジラに見える世界で、それぞれの大きさが髪の毛の直径の1/5という鏡数百万枚を毎秒数十万回動かして大きな映像を映し出すことで、『ゴジラ』のような映画を超高画質で見ることができます。そのようなナノスケールで機械を作れるのであれば、ミクロサイズで作られたエッフェル塔のようなトラス構造物はどうでしょう? 今日私達は発泡スチロールよりも軽い金属を作っています。タンポポの綿帽子に載せられ、一吹きで吹き飛ばされてしまうくらいに軽いものです。それで車を作れば、2人で持ち上げられる軽さながら、SUV並の耐衝撃性を実現できます。
研究は小さな一吹きの風から自然の嵐の強い力にまで及びます。地球上では毎秒44回の雷が発生しています。それぞれの雷は空気を2万4千度に熱します。太陽の表面より高い温度です。もしこの電磁パルスをビーコンとして使えたなら、雷などをビーコンとする即席の強力な発信器網を作り出せたとしたらどうでしょう? 実験は雷が次のGPSになり得ることを示しています。
思考で発生する脳の電気パルスの研究——脳の表面に付けた32の電極からなる親指大のグリッドを通して、ティムが先進的な義手を思考によってコントロールしています。そして思考によってケイティに手を差し伸ばしました。人が思考のみによってロボットを制御したのはこれが初めてのことです。そしてティムは7年振りにケイティの手を握ったのです。この瞬間はティムとケイティにとって大きなものでしたが、この緑の泥も皆さんにとって大事な物になるかもしれません。
この緑の泥は。皆さんの命を救うワクチンになるかもしれません。植物のタバコによって作られます。タバコは何百万回分のワクチンを、従来の数ヶ月ではなく数週間で作れます。これは今までなかったタバコの健康的な利用法になるかもしれません。タバコが人を健康にするというのがにわかに信じがたいなら、専門家に解けない問題をゲーマーが解いたと言ったらどうでしょう?
去年の9月、FolditゲームのプレーヤーたちはアカゲザルのAIDSを起こすレトロウィルスが持つプロテアーゼの3次元構造を解明しました。この構造を知ることは治療法開発の上でとても重要です。15年間科学者たちが解けずにいたこの問題を、Folditのプレーヤーたちは15日間で解いたのです。彼らは協力することで解決できました。彼らが協力できたのはインターネットで繋がっていたからです。他のインターネットで繋がった人々はそれを民主化の道具として使いました。そして自分たちの国をみんなの力で変えたのです。
インターネットは20億人、つまり世界人口の3割の人々の居場所になっています。私達1人ひとりが何かの役に立ち。意見を聞いてもらえるようにしてくれます。私達のグループとしての声や力を増幅してくれます。しかしそれだって始まりはささやかなものでした。1969年、インターネットはただの夢、紙の上のスケッチに過ぎませんでした。それから10月29日に最初のパケット交換メッセージがUCLAからSRIへと送られました。届いたのは“LOGIN”の最初の2文字、LとOだけで、それからバッファオーバーフローでシステムがクラッシュしました。(笑) たった2文字、LとO。それが今や世界を動かす力になっているのです。
DARPAと呼ばれる魔法の場所にいる科学者や技術者はどんな人たちなのでしょう? 彼らは技術オタクであり、私達のヒーローです。最も過酷な条件下で最先端の科学に取り組み、既存のものの見方に挑戦しています。失敗を恐れるのをやめて不可能に挑んだなら世界は変えられるということを、彼らは思い出させてくれます。私達みんなに夢中になる力があることを思い出させてくれます。私達の多くはその感覚をただ忘れているのです。
分かるでしょう、失敗を恐れてなかった頃があったのを。すごい芸術家で、すごいダンサーで、歌えて、数学が得意で、何だって作れ、宇宙飛行士で、冒険家で、ジャク・クストーのようで、誰よりも高く飛べ、速く走れ、強くキックできたのを。不可能なことができると信じ、恐れを知らなかったのを。自分の内なるスーパーヒーローとしっかり繋がっていたのを思い出してください。科学者や技術者は世界を変えられます。あなただって変えられるのです。その力を持って生まれてきたのです。だから、どうか前へ進んで、自分に問うてみてください。「絶対失敗しないと分かっていたとしたら、どんなことに挑戦しようと思うだろう?」
これは簡単なことではありません。この感覚を持ち続けるのは本当に難しいことです。それはある意味難しく感じるのも当然です。常に疑いや恐れが忍び込みます。きっと他の誰かがやってくれるだろうと考えます。もっと頭がよく、もっと能力があり、もっとリソースに恵まれた誰かが——。でも「他の誰か」はいないのです。自分しかいません。幸運に恵まれたなら、疑いに捕らわれた瞬間に誰かが割って入り、手を取って言ってくれるでしょう。「信じられるように手伝ってあげる」
ジェイソン・ハーレイが私にそうしてくれました。ジェイソンは2010年3月18日にDARPAで働き始めました。彼は輸送チームにいました。私はジェイソンとほとんど毎日、時には1日に2回会いました。彼は他の人よりも多く高みやどん底、成功の祝杯や失敗の落胆を目にしていました。私にとってことに暗かったある日のこと、ジェイソンは私にメールを書きました。励ましながらも断固としていました。彼が送信ボタンを押したときには、そのメールが持つことになる重みに気づいてはいなかったでしょう。私にはとても大きなものでした。その時も、今日においても。疑い、恐れを感じるとき、あの挑戦する感覚に再び繋がる必要を感じるとき、彼の言葉を思い出します。それほどに力強いものでした。
マントにアイロンをかける時間くらいしかないからね・・・そしたらまた空に戻らなくちゃ
(Jason Harley, 1974年4月19日-2012年1月1日)
♫ スーパーヒーロー、スーパーヒーロー・・・・・スーパーヒーローであるというのはそういうことさ。
「マントにアイロンをかける時間くらいしかないからね・・・そしたらまた空に戻らなくちゃ」。そしてどうか、技術オタクに優しくしてください。(拍手) ありがとうございます。(拍手)
クリス レギーナ、どうもありがとう。いくつか質問があります。あのグライダーだけど、マッハ20のグライダー、最初のは制御不能で太平洋のどこかに落ちたんですよね?
レギーナ ええ、そうです。
クリス 2番目のはどうなったの?
レギーナ ええ、そっちも太平洋に落ちました。
クリス でも今回は制御しながら?
レギーナ 太平洋に向けて飛んだわけではありません。あのスピードで飛ぶには、軌道上のところどころに厳しい箇所がありました。2番目の飛行では制御不能になる前の3分間、機体の完全な空力制御ができました。
クリス 近々ニューヨーク-ロングビーチ間の旅客便開設を計画してはいないと思いますが・・・
レギーナ 少しばかり熱すぎるでしょうね。
クリス あのグライダーが何に使われることを思い描いていますか?
レギーナ 私達の仕事はこのための技術を開発することです。最終的にどう使うかは軍が決めることです。この飛行機、この技術が目指しているのは、世界中のどこへでも60分以内に到達できるようにすることです。
クリス 数キロ以上の荷物を載せて?
レギーナ ええ。
クリス どんな荷物を運ぶことになるんでしょう?
レギーナ 最終的に何を運ぶことになるのか私達にはわかりません。まず飛べるようにするのが先なんです。
クリス でもカメラだけとは限らないんですよね?
レギーナ カメラだけとは限りません。
クリス すごいと思います。あとハチドリですが・・・
レギーナ ええ。
クリス 飛行機の話の始めに、いろんな羽ばたき飛行機がひどい失敗をする映像がありましたね。それ以降羽ばたき飛行機というのはあまり作られていません。今、生体模倣してハチドリの羽ばたきをまねる時だと考えたのはなぜなんでしょう? 運動性の高い小さな飛行体を作る方法としては、非常に高くつくのではありませんか?
レギーナ ある部分では、単に果たして可能なのだろうかと思ったということです。こういった疑問は時折再訪する必要があるものです。AeroVironmentの人たちは300以上の異なる翼のデザインを試し、航空電子工学的に異なる12の形態を試しました。実際に飛ぶものを作るのに10回の試作の完全なやり直しが必要でした。でも何かに似ている飛行機械にはとても興味深い面があります。あらゆる検知を避けるステルス技術の話をよく聞きますが、何かがまったく自然物のように見えるとしたら、それもまた「見えない」のです。
クリス では単に性能の問題ではないんですね。ある部分では見かけのためだと。
レギーナ そうです。
クリス 「ほら、うちの本部の上をかわいらしいハチドリが飛んでいる」みたいな。(笑) あれを見て感嘆の念に打たれると同時に、ある人たちは考えるでしょう。技術の進歩はあまりに早く、どこかのいかれたギークが小さなリモコン蠅をホワイトハウスの窓から忍び込ませるのも遠い先の話ではないと。パンドラの箱の問題を懸念することはないんですか?
レギーナ 私達の唯一のミッションが何かというと、戦略的に予想外なことの創造と予防です。それが私達のしていることです。私達のやっていることで人々が興奮すると同時に不安にならないとしたら、私達は仕事していないことになります。それが私達の仕事の本質なのです。私達の仕事は限界を押し広げるということです。技術がどのように開発され、最終的にどう使われるのかを心に留め、責任を持つべきなのはもちろんですが、目をつぶって技術が進歩しないフリをするわけにはいかないのです。技術は進歩するのですから。
クリス あなたが人を勇気づけるリーダーなのは明らかです。そして人々にあのような大いなる発明に取り組むよう背中を押しているわけですが、個人というレベルでは、私にはあなたの仕事を自分でするのは考えられません。夜中に目を覚まして自分のチームの才能が意図していない重大な結果を招くことにならないかと自問することはないんですか?
レギーナ 当然、人間としてその疑問を問わずにいることはできないと思います。
クリス それにどう答えますか?
レギーナ いつも答えが見つかるわけではありません。時と共に学んでいくのだろうと思います。私の仕事は最も刺激的な仕事と言えるでしょう。驚くほどの才能を持った人たちと働いています。この興奮はとても重い責任の感覚を伴っています。可能なことに対するあのものすごい高揚感がある一方で、その帰結に対するものすごい深刻さもあるのです。
クリス レギーナ、本当にすごいものを見せていただきました。TEDに来ていただき感謝しています。
レギーナ こちらこそ。
(拍手)
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オリジナル: Regina Dugan: From mach-20 glider to humming bird drone |