アルゴリズムが形作る世界 (TEDTalks)

Kevin Slavin / 青木靖 訳
2011年7月

この写真はマイケル・ナジャーによるものです。実際アルゼンチンに行って撮ってきたという意味で本物の写真ですが、フィクションでもあります。後でいろいろ手が加えられているからです。何をしたかというと、デジタル加工をして山の稜線の形をダウジョーンズのグラフにしたのです。だからご覧いただいている谷に落ち込んでいる絶壁は、2008年の金融危機です。この写真は私たちが谷の深みにいたときに作られました。今はどこにいるのか分かりません。こちらは香港のハンセン指数です。似たような地形ですね。どうしてなんでしょう?

これはアートであり、メタファーです。でも重要なのは、これが牙のあるメタファーだということです。その牙のために、今日はひとつ現代数学の役割を再考したいと思います。金融数学でなく、もっと一般的な数学です。ここにあるのは、世界から何かをただ引き出していたものが、世界を形作り始めるようになるという変化です。私たちの周りの世界にせよ、私たちの中の世界にせよ。具体的に言うと、それはアルゴリズムです。アルゴリズムというのは、コンピュータが判断をするときに使う、ある種数学的なものです。繰り返しの中でアルゴリズムは真実への感覚を備えるようになり、そして骨化し石灰化して、現実になるのです。

このことを考えるようになったのは、2、3年前に大西洋を渡る飛行機の中で、私と同年代のハンガリー出身の物理学者と隣り合わせ、言葉を交わした時でした。冷戦時代のハンガリーの物理学者たちがどんなものだったのか聞いてみました。「どんなことをしていたんでしょう?」「もっぱらステルスを見破るということです」「いい仕事ですね。面白そうです。どういう仕組みなんですか?」 これを理解するためには、ステルスの仕組みを知る必要があります。ものすごく単純化して説明しますが、空中の156トンの鋼鉄の塊が、単にレーダーをくぐり抜けるというのは基本的にできません。消すことはできないのです。しかし巨大なものを、何百万という小さなものに、何か鳥の大群のようなものに変えることはできます。するとそれを見たレーダーは鳥の群れだと勘違いします。この点でレーダーというのはあまり有能ではないのです。

それで彼は言いました。「ええ、でもそれはレーダーの話です。だからレーダーは当てにしませんでした。電気的な信号、電子通信を見るブラックボックスを作ったのです。そして電子通信をしている鳥の群れを見たら、これはアメリカ人がかんでいるなと考えたわけです」

私は言いました。「そりゃいい。60年の航空学研究を打ち消していたわけですね。それで第二幕は何ですか? その後はどんなことをしているんですか?」 彼は「金融業界です」と答えました。「なるほど」。最近ニュースでよく耳にしていたからです。「どんな具合になっているんですか?」と聞くと、「ウォールストリートには物理学者が2千人います。私はその1人です」ということでした。「ウォールストリートのブラックボックスは何なんでしょう?」「そう聞かれたのは面白いですね。実際それはブラックボックス・トレーディングと呼ばれているからです。アルゴ・トレーディングとか、アルゴリズム・トレーディングと言うこともあります」。アルゴリズム・トレーディングが発展したのは、ある部分金融機関のトレーダーたちが米国空軍と同じ問題を抱えていたからです。動く点がたくさんあって、P&Gであれアクセンチュアであれ、マーケットで百万という株を動かしています。それを全部同時にやるのは、ポーカーですぐに全財産賭けるようなものです。手の内を明かすことになります。だから彼らはその大きなものを——アルゴリズムがここで出てくるのですが——百万という小さなトランザクションに分割する必要があります。そしてその魔術的で怖いところは、大きなものを百万の小さなものへと分割するのと同じ数学が、百万の小さなものを見つけてまとめ、マーケットで実際何が起きているのか見極めるためにも使えるということです。

だから今株式市場で何が起きているかのイメージがほしいなら、それは隠そうとするたくさんのプログラムと、それを解き明かし出し抜こうとするたくさんのプログラムのせめぎ合いということです。これは大変結構なことです。米国株式市場の70%がそうなのです。皆さんの年金とかローンといったものの70%がそうやって動いているのです。

それで何か悪いことがあるのでしょうか? 一年前のことですが、株式市場全体の9%が5分間で消えてなくなりました。「2時45分のフラッシュ・クラッシュ」と呼ばれています。9%が突如消えてなくなり、今日に至るまで誰も本当のところ何が起きたのか分からないのです。誰が仕組んだことでもありません。誰かがコントロールしていたわけでもありません。彼らが持っていたのは、数字が表示されているモニタと、「停止」と書かれた赤いボタンだけです。

私たちがやっているのは、もはや自分では読めないものを書くということです。判読できないものを書いているのです。自分たちの作った世界で実際何が起きているのか私たちは感覚を失っており、それでも前に進み続けています。ボストンにNanexという会社があって、数学や魔法やそのほかよく分からないものを使い、あらゆるマーケットデータを見てそこから実際アルゴリズムを見つけ出しており、そして彼らが見つけ出したときには、引っ張り出して蝶のように標本にするのです。彼らがしているのは、私たちが理解していない巨大なデータに直面したときにすることです。つまり名前とストーリーを与えるのです。これは彼らが見つけたものの例です。「ナイフ」に「カーニバル」に「ボストンシャフラー」に「トワイライト」。

可笑しいのはもちろん、そういったことはマーケットに限った話ではないということです。そういった類のことは、一度見方を覚えると至る所で目にするようになります。たとえばこれ、あるハエに関する本をAmazonで見ていると、値段が170万ドルだということに気づくかもしれません。絶版になっています。今でも。(笑) 170万ドルで買っていたらお買い得でした。数時間後には2,360万ドルまで上がったからです。送料別で。(笑) 疑問は、誰も買いもしなければ売りもしていなかったということです。このAmazonで起きた現象は、ウォールストリートで起きたのと同じ現象です。そしてこのような挙動を見て分かるのは、それがアルゴリズムの衝突から生じたということです。アルゴリズムが互いにループの中に捕らわれ、常識的な観点でそれを監視する人間の目がなかったということです。「170万ドルはちと高くないか?」(笑)

AmazonでのことはNetflixでも同じです。Netflixはこれまでに何度となくアルゴリズムを変えてきました。最初は「シネマッチ」で、その後たくさんのアルゴリズムを試しています。「ダイナソー・プラネット」に「グラビティ」、現在使っているのは「プラグマティック・ケイオス」です。プラグマティック・ケイオスがしようとするのは、他のNetflixのアルゴリズムと同じことです。ユーザの頭の中のファームウェアを把握しようとするのです。ユーザが次に見たいであろう映画をおすすめできるように。これはとても難しい問題です。しかし問題の難しさや、私たちによく分かっていないという事実が、プラグマティック・ケイオスの効果を弱めることはありません。プラグマティック・ケイオスは他のNetflixのアルゴリズム同様、最終的には借りられる映画の60%を言い当てています。ユーザについての1つの考えを表す一片のコードが、映画レンタルの60%をもたらしているのです。

もし映画の評価を作る前にできたとしたらどうでしょう? 便利ではないでしょうか? イギリスのデータ分析専門家がハリウッドにいて、ストーリーを評価するアルゴリズムを作っています。Epagogixという会社です。脚本をそのアルゴリズムにかけると、数値として3千万ドルの映画だとか、2億ドルの映画だと言い当てるのです。問題は、これはGoogleではないということです。情報でも金融統計でもなく、文化なんです。ここで目にしているのは——まあ普通は目にしないかもしれませんが——文化の物理学だということです。もしそれがある日、ウォールストリートのアルゴリズムのようにクラッシュしておかしくなったとしたら、どうやってそれが分かるのか? どんな風に見えるのか?

そしてこれは家庭の中にもあります。これはリビングで競い合っている2つのアルゴリズムです。この2つのロボットは「きれい」ということについて随分違った考えを持っています。スローダウンして電球をつけてやればそれがわかります。寝室の隠れた建築家のようなものです。そして建築自体がアルゴリズムによる最適化の対象となるという考えも突飛というわけではありません。非常に現実的なことで、身の回りで起きていることなのです。

一番よく分かるのは、密閉された金属の箱の中にいるときです。行先制御エレベータと呼ばれる新式のエレベータです。どの階に行きたいのかエレベータに乗る前に指定する必要があります。ビンパッキングアルゴリズムが使われています。みんなにエレベータを好き勝手に選ばせるような馬鹿なことはしません。10階に行きたい人は2番エレベータに、3階に行きたい人は5番エレベータにという具合にやります。これの問題は、みんながパニックを起こすということです。なぜか分かりますか? このエレベータは大事なものを欠いているからです。ボタンみたいな。(笑) みんなが使い慣れているものです。このエレベータにあるのは、増えたり減ったりする数字と、「停止」と書かれた赤いボタンだけです。これが私たちのデザインしようとしているものです。私たちはこの機械の言葉に合わせてデザインしているのです。そうやってどこまで行けるのでしょう? すごく遠くまで行けるのです。

ウォールストリートの話に戻りましょう。ウォールストリートのアルゴリズムは、何よりも1つのこと、スピードに依存しています。ミリ秒とかマイクロ秒という単位で動いています。マイクロ秒というのがどんなものかというと、マウスクリックには50万マイクロ秒かかると言えば感覚としてわかるでしょう。しかしウォールストリートのアルゴリズムでは、5マイクロ秒遅れたら負けるのです。だから皆さんがアルゴリズムなら、私がフランクフルトで出会った建築家のような人間を探すことでしょう。彼は高層ビルを空洞にしています。家具のような人間が使うためのインフラはすべて取り去って、床を鉄骨で補強し、サーバの山を積み上げられるようにするのです。それもすべて、アルゴリズムがインターネットに近づけるようにするためです。

インターネットは分散システムだと皆さんお考えでしょう。もちろんそうですが、それは場所として分散しています。ニューヨークでは、これが分散の元です。コロケーションセンターがハドソン通りにあります。ここはまさにケーブルがこの都市に出てくる場所です。この場所から離れるたびに、何マイクロ秒かずつ遅れることになります。ウォールストリートのこの辺にいる「マルコポーロ」とか「チェロキーネーション」といった連中は、コロケーションセンターのまわりの空洞化されたビルに入り込んだこの連中に対して、8マイクロ秒遅れをとることになります。そういうことが起き続けているのです。ビルが空洞にされています。なぜなら、どのような見地から見ても、その場所から「ボストンシャフラー」みたいに利益を絞り出せる者は他にいないからです。

しかしズームアウトしてみると、ニューヨークとシカゴの間に825マイルのトンネルがあるのが分かります。Spread Networksという会社によってこの何年かの間に作られたものです。この2つの都市を結ぶ光ケーブルで、マウスクリックの37倍の速さで信号を伝えることができます。それがすべてアルゴリズムのため、カーニバルやナイフのためのものなのです。考えてみてください。私たちはアメリカ中をダイナマイトとロックソーで切り進んでいるのです。アルゴリズムが3マイクロ秒早く売買できるようにするために。人の知ることのないコミュニケーションフレームワークのために。それが「明白なる使命」であるかのように、常に新たなフロンティアを求めているのです。

あいにくと私たちには難しい仕事が待ち構えています。これは単なる理論ですが、MITの数学者によるもので、正直なところ彼らの言うことの多くは理解できません。何か光円錐とか量子もつれがどうのという話で、どれも私にはよくわかりません。しかしこの地図ならわかります。この地図が表しているのは、赤い点で示される市場で儲けようと思ったら、そこは人のいる所、都市ですが、最大の効率を得るためにサーバを青い点のところに置く必要があるということです。お気づきかもしれませんが、青い点の多くは海の真ん中にあります。それが私たちのするであろうことです。泡かプラットフォームでも作るのでしょう。水をどけて無からお金を引き出すのです。輝かしい未来です。アルゴリズムにとっては。(笑)

実際に興味深い部分はお金ではなく、お金が動機付けるものです。私たちはアルゴリズム的な効率で地球を変えつつあります。そういう観点で前に戻ってマイケル・ナジャーの写真を見れば、あれはメタファーではなく予言だということに気づくでしょう。私たちが起こしている地殻変動的な数学の影響に対する予言です。地形はいつもこのような奇妙で不安定な人間と自然のコラボレーションによって作られてきました。しかし今では第三の共進化の勢力があります。アルゴリズムです。ボストンシャフラーにカーニバル。そういったものを自然の一部として理解する必要があるでしょう。ある意味では実際そうなのですから。

どうもありがとうございました。

(拍手)

 

[これはTED公式日本語訳です。翻訳をレビューしていただいたYuki Okada氏に感謝します。]

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オリジナル: Kevin Slavin: How algorithms shape our world