ストレスを友達にする方法

Kelly McGonigal / 青木靖 訳
2013年6月 (TEDGlobal 2013)

告白することがあります。でもその前に、まず皆さんに告白して欲しいことがあります。この1年比較的ストレスが少なかったという人、手を挙げてもらえますか? どうです? 中くらいのストレスだったという人は? ものすごくストレスがあったという人? ああ、私もです。でも告白というのはそのことではありません。告白というのは、私は心の健康が専門の心理学者で、みんなをより健康で幸せにするのを仕事としていますが、この10年間私が人に勧めてきたことは利よりも害が大きかったのではと恐れているんです。それはストレスに関することです。「ストレスは人を病気にする」と私は説いてきました。風邪から心血管疾患まで、あらゆる病気のリスクが高くなるのだと。基本的に私はストレスを敵視してきました。でも私のストレスに対する見方は変わりました。そして今日皆さんの見方も変えたいと思います。

私がストレスへの接し方を考え直すことになったある調査をご紹介します。アメリカの成人3万人を8年に渡り追跡したもので、「この1年どれほどストレスがありましたか?」と質問しました。それに「ストレスは健康に悪いと思いますか?」という質問もしました。それから公的な死亡記録で誰が死んだか確認しました。ではまず悪い報せから。前の年に多くのストレスを経験した人は、死亡リスクが43%高くなっていました。でもそれは、その人がストレスは健康に悪いと思っていた場合です。多くのストレスを経験したけれどストレスを害と思ってない人では、死亡率が上がりませんでした。それどころか、その人達は調査対象の中で死亡リスクが最も低かったのです。ストレスが比較的少なかった人よりもです。8年間人の死を追い続けた結論として、アメリカでは182,000人が、ストレスのためではなく「ストレスは体に悪い」という思い込みのために早すぎる死を迎えることになったと彼らは推定しています。これは年に2万人以上になります。この推定が正しいとするなら、「ストレスは健康に悪い」という思い込みは、去年のアメリカにおける死因の第15位にあたり、皮膚ガン、HIV、殺人よりも多くの人がそのために死んだことになります。

この調査結果にパニックを起こすのも無理はないでしょう。なにしろ私はずっと「ストレスは健康に悪い」と精力的に訴え続けてきたわけですから。このことを知って疑問を持ちました。ストレスへの考え方を変えれば人は健康になれるのか? 科学はそうだと言っています。ストレスへの考え方を変えることでストレスへの体の反応を変えられるんです。どういうことか説明するため、人を強いストレスにさらす実験の被験者のつもりになって頂きましょう。「社会的ストレステスト」と呼ばれているものです。研究施設にやって来て、自分の弱点について5分間の即興スピーチをずらりと並ぶ審査員を前に行うよう言われます。さらにプレッシャーがかかるよう、まぶしい照明を当てて、顔にカメラを向けます。ちょうどこの場のように。そして審査員たちはげんなりするような非言語的フィードバックを与えるよう示し合わせています。こんな感じに。(あきれたというような表情を見せる) 被験者のやる気を十分に削いだところで、第2部として数学のテストをします。被験者は知らされていませんが、試験官は被験者を苛むよう仕組まれています。じゃあみんなでやってみましょう。楽しいですよ——私にとっては。

それじゃあ996から始めて7ずつ減らしていってください。声に出して出来るだけ早くやってください。始め! ほら急いで。もっと速く。ちょっと遅すぎますよ。やめ、やめ、やめ。あそこの人が間違ったので、みんなはじめからやり直し! こういうのは向いてないみたいね?

・・・どんなものかお分かり頂けたでしょう。これに実際参加したら、相当ストレスを感じると思います。心拍が速くなり、呼吸が速くなり、汗もかき始めるかもしれません。そのような肉体的反応は不安やプレッシャーにうまく対応できていないしるしと見なされています。でも、もしそれを体が活力を上げ挑戦に備えているしるしだと見たらどうなるでしょう? これはハーバード大学の実験で被験者の言われたことです。社会的ストレステストを受ける前に、被験者はストレス反応は有益だと考えるよう教えられます。心拍が高まるのは行動に備えているからだし、呼吸が速くなるのも良いことで、脳により多くの酸素が取り込まれます。ストレス反応は成績を上げる助けになると思うようになった被験者は、パニックや不安に陥らず自信を持つようになったんです。

でも私にとってそれ以上に大きな発見は、体の反応がどう変化したかということです。典型的なストレス反応では心拍数が増加し、血管が収縮します。こんな風に。慢性的なストレスが心血管疾患の原因になるのはこのためです。常時このような状態にあるのは健全なことではありません。でも「ストレス反応は助けになる」と思うようになった被験者の場合、血管がこのように弛緩したままだったのです。心拍は速くなるにせよ、心血管系がずっと好ましい状態になっています。それはむしろ喜んで興奮したり勇気を振り絞ったときの状態に近いものです。生涯のストレス体験を通じてのこの肉体的反応の違いは、50歳で心臓発作を起こすか、それとも90代まで健康を維持するかという違いを生み出しうるものです。

そしてストレスの科学が明らかにしているのは、ストレスをどう捕らえるかが重要だということです。だから私の健康心理学者としてのゴールは変わりました。ストレスを取り除こうとはもうしません。ストレスと上手につきあえるようにしたいのです。私達はもう第一歩を踏み出しています。この1年すごくストレスがあったと手を挙げた方、あなた方は命拾いしたのかもしれませんよ。この次ストレスで心臓が高まったとき、今日の話を思い出してこう思うことでしょう。「これは挑戦に応じられるよう体が反応しているんだ」。みなさんがストレスをそのように思うなら、体は皆さんのことを信じてストレス反応がより健康的なものになるでしょう。

私は10年もの間ずっとストレスは逃れるべき悪だと見なしてきたわけなので、もう1つ処方箋をしておくことにしましょう。ストレス反応の中で最も正しく評価されていないものについてお話します。それは「ストレスは人を社交的にする」ということです。この点を理解するために、オキシトシンというホルモンについて説明する必要があります。オキシトシンはホルモンにしてはやたらもてはやされていて、「抱擁ホルモン」という可愛らしいあだ名まで付けられています。ハグしたときに出るのがこのホルモンだからです。でもこれはオキシトシンの性質の一部にすぎません。オキシトシンは神経ホルモンです。脳の社会的本能を調整する役割があります。人との結びつきを強めるよう促すのです。オキシトシンは友達や家族との触れ合いを求めさせます。共感を強め、大切な人たちを支え助けたい気持ちにさせます。オキシトシンをみんな吸引すべきだと言う人さえいます。もっと優しくなって思いやりを持てるように。

でも多くの人が理解していないのは、オキシトシンがストレスホルモンだということです。ストレス反応として脳下垂体がオキシトシンを放出するんです。これはアドレナリンが心臓の鼓動を速くするのと同様のストレス反応です。そしてオキシトシンがストレス反応として放出されると、人の支えを求めたくなるんです。ストレスへの生物学的反応が、自分の殻に閉じ籠もる代わりに、誰かに気持ちを打ち明けたくさせるんです。皆さんのストレス反応は、身近な人が問題を抱えている時、それに気付いて助け合えるようにしています。皆さんのストレス反応は、人生の困難の際に自分を気遣ってくれる人に囲まれているようにしてくれるんです。

ではストレスのこのような面について知ることは、どう人を健康にするのでしょう? オキシトシンは脳に働きかけるだけでなく、体にも作用します。そしてその体における大きな役割は、ストレスの影響から心血管系を守るということです。天然の抗炎症薬なんです。ストレスの時も血管を弛緩した状態に保ちます。でも私がすごいと思うのは心臓に関わる部分です。オキシトシンの受容体が心臓にはあって、ストレスによる損傷を心臓が癒せるよう、心細胞の再生を助けるんです。オキシトシンは心臓を強くするんです。そして素敵なのは、体へのオキシトシンの恩恵が、社会的な接触や支えによって増強されることです。ストレスに際して支えを求めるためにせよ、人を助けるためにせよ、人との接触を求めるとき、オキシトシンが分泌されてストレス反応がより健全なものになり、ストレスからより早く立ち直れるようになるんです。これはすごいことだと思います。ストレス反応にはストレスからの回復力が組み込まれていて、そのメカニズムは人との繋がりを使うということです。

もう1つ調査結果をお伝えして終わりにしたいと思います。よく聞いてください。これにも命を救われるかもしれませんよ。この調査は34歳から93歳までの千人のアメリカ人成人を追跡したもので、「この1年どれくらいストレスがありましたか?」という質問から始まります。そしてこうも聞きました。「友達や近所の人を助けるためにどれくらい時間を使いましたか?」それから公的な記録を使って、その後の5年間でどの人が死んだか確認しました。最初に悪い報せです。金銭問題や家族問題のような大きなストレスのかかる体験によって、死亡リスクは30%高くなっていました。でもそれは—こう言うだろうと思っていたでしょうが—すべての人に当てはまるわけではありません。他の人を助けるのに時間をかけていた人では、ストレスによる死亡率の増加がまったく見られなかったんです。人を助けることが回復力をもたらすんです。ここでもまた、ストレスの健康への悪影響は不可避ではないと示されたのです。

ストレスをどう考えどう行動するかが、ストレスのあり方を変えるんです。ストレス反応を有益なものと見ることによって、体は勇気の状態になります。そしてストレスに晒された時に人との繋がりを求めることで回復力を生み出せます。私は自分の人生にもっとストレスを欲しいとは思いませんが、でも科学はストレスに対してポジティブな気持ちにさせてくれました。ストレスはハートへの道を開きます。思いやりの心は人との繋がりに意味と喜びを見出します。そしてこの鼓動する心臓は、一生懸命に働いて力とエネルギーを与えてくれます。ストレスをそのようなものとして見る時、ストレスへの対処が上手くなるだけでなく、とても大切な選択をしているのです。人生の困難に対処できると自分を信頼するということ。そして困難に1人で立ち向かわなくていいんだと分かっているということです。ありがとうございました。(拍手)

クリス・アンダーソン あなたの話には目を見開かせられましたよ。ストレスに対する考え方1つで寿命がそんなにも変わりうるものだというのは。それを元にどんなアドバイスができるでしょう? たとえばライフスタイルの選択として、ストレスの高い仕事か低い仕事か選ぼうとしている人に対して? どちらを選ぶか自体は問題ではなく、ストレスの高い仕事でも対処できると思えてさえいればいいわけですよね?

ケリー ええ、私達が確信しているのは、嫌なことを避けるよりも意義を求める方が健康には良いということです。だから本当に良い決断方法は、自分の人生に意味をもたらすものを求め、それに伴うストレスに対処できると自分を信じるということです。

クリス ありがとうケリー、すごく良かったよ。

ケリー どうもありがとう。(拍手)

 

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オリジナル:  Kelly McGonigal: How to make stress your friend