ユーザを喜ばせるものと通勤電車で見かける男の現象

Kathy Sierra / 青木靖 訳
2006年6月7日

ユーザを喜ばせる1つの方法は、「予想外のコンテキストにおける出会い」の現象を使うことだ。こんな話を知っているだろう。毎日電車で仕事に行っている。ある土曜の午後に、カフェで隣のテーブルになじみ深い顔を見つける。「おや、あれは電車でいつも見るやつじゃないか!」 そう思って笑顔を浮かべる。するとその電車の男もあなたに気付き、目を輝かせる。あなた方2人は、天気からエスプレッソ、地理的政治的な問題まで、活発におしゃべりをし始める。そして互いのURLを交換する。

あなたはその相手とこの18ヶ月というもの同じ電車に乗り合わせていたが、彼について少しでも気にかけたことはなかった・・・カフェで見かけるまでは。

これが予想外のコンテキストの力なのだ。

たとえその人と言葉を交わさなかったとしても、まったく違ったコンテキストで彼を目にするという経験は、あなたの頭を十分に活性化することだろう。それは喜びの感覚だ。そして喜びの感覚は私たちが(そして私たちのユーザが)好きなものだ。

[注意: ここでは常識と論理が適用される。たとえばあなたがデートでブルーグラスのコンサートに行くとすると、一番会いたくない相手は(とくにアツアツのデートであれば)元ボーイフレンドだろう。バンジョー が鳴っているようなところには1人で行かせないと言っていたあの元カレだ。予想外のコンテキストの驚きがすべて喜ばしいものとは限らない。]

予想外のコンテキストというのはすごいことでありうる。たとえば飛行機の便の変更に際して多額の手数料を課されることもなく、さらに奇妙なことに、新しい便の運賃が元のより安い場合には料金を払い戻してくれるというような。そのような 対応はノードストロムには期待するだろうが、しかし航空会社というコンテキストでは期待しないだろう。 [JetBlueの変更ルールを参照]

(その業界で)飛び抜けたカスタマサービスを提供している会社はどこも、ユーザに予想外のうれしい驚きを与えている。記憶に残るようなこと、何か人に話したくなるようなこと だ。しかしほんの小さな予想外の驚きであっても、神経系と脳の化学に反応を引き起こすことができる。ある映画への言及が別な映画の会話の中に差し挟まれている。ロゴにイースターエッグが隠されている(FedExのやつみたいな)。の中に一輪挿しがある。ここで肝心なのはもの自体ではなく、それが現れるコンテキストだ。

いくつか例を挙げよう。大きなものも小さなものもある。

 

コンテキスト: ワインボトルのラベル。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: ラベルがGapingVoidのマンガだ。

 

コンテキスト: ギーク向けのカンファレンス。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: 客船上で行われ、しかもホテルで行われる同様のカンファレンスよりも安い
[Geek Cruises参照。このカンファレンスはおすすめだ]

 

コンテキスト: Microsoftの男がカンファレンスでプレゼンしている。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: 彼はほんとにいい男だ! 子供さえ持っている!

トニー・チョーWebstockで、私を含め多くの人にとって一番の見物だった。みんな彼がそんなに楽しく、地に足がついていて、きさくで、おまけにキュートだなんて思ってもいなかった。私が実際に会って話したMicrosoft社員はみな、本当にいい人ばかりだ。

 

コンテキスト: 技術的なビジネスプレゼンテーション。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: それが有益であり、しかも楽しい。
[デイミアン・コンウェイジョエル・スポルスキのプレゼンテーションを見られる機会があったら、決して逃しちゃいけない!]

 

コンテキスト: ギーク/テクニカルディスカッションボード。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: みんな親切。あまりに間抜けな質問もなければ、あまりにヘボな回答もない。
[Javaranchを参照。シンプルな(しかし強く求められている)「親切にする」というポリシーが、 この月間ユニークビジター50万を誇るプログラミングコミュニティの成功をもたらしている。]

 

コンテキスト: セールストラッキングソフトウェアを開発元から直接購入する。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: ソフトウェアが翌日に届くというだけでなく(それは誕生日プレゼントだからと頼んであった)、誕生日を迎えた人がそれを起動してみると、スタートアップ画面でハッピーバースデーの曲が流れる!
[本当にあった話——開発者のグレッグ・サンダーソンは、彼のMarket Master販売サポートソフトを買ったときに、私の期待の遥か上を行った。最初は私が電話して数分で発送することによって・・・その上彼はどうにかして(要求されていない)スタートアップ画面のリソースの修正をしていたのだ。何ヶ月か後にある雑誌がそのソフトウェアのことを記事にすることになって、顧客の声を求めていたのだが・・・Gregが誰に電話させたと思う? その人物(私)は15年たってもその体験を讃え続けているのだ!]

 

コンテキスト: 車の販売代理店。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: 新車を買った一週間後に焼きたてのクッキーが家に届けられる。
[これは父がホンダの新車を買ったときに起きたことだ。見知らぬ男がクッキーを持って階段を上ってきたとき、その男が「車はいかがでしょうか? お買い上げいただきありがとうございました。これはほんの感謝のしるしのクッキーです」みたいなことを言うのは父のおよそ想像しないことだった。アメリカにおいてはクッキーを持ってくるのはカーディーラーでなくガールスカウトと相場が決まっているのだ。]

 

コンテキスト: 成功したインディーバンドのロックコンサート。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: リードシンガーが、そのコンサートに行くとメッセージボードに書いていた長年のファンの名前を呼ぶ。
これはデンバーでのTravisのコンサートで私の娘に起きたことだ。

 

コンテキスト: トラベルトレーラー。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: 現代美術館に(あるいは少なくともIKEAのショップに)展示されていそうなインテリア。

これはエアストリームがCCD Airstreamsシリーズのデザインを、受賞歴を持つデザイナ/建築家 のクリストファー・ディームにさせたときにやったことだ。この大成功を収めたアプローチは、エアストリームだけでトラベルトレーラーのマーケットを桁違いに拡大することになった。RVやトラベルトレーラーの典型的な購入層は(実際統計データが示していることなのだが)引退したおじいちゃん、おばあちゃんであるのに対し、CCDは購入層の平均年齢 が従来のトレーラー購入層の半分なのだ。



エアストリームを所有している有名人には、トム・ハンクス、アンディ・ガルシア、ティム・バートン、ショーン・ペン、それに映画のプロモーションで8000マイルをトレーラーで走ったマシュー・マコノヒーがいる。

[私と同じエアストリーム熱を持つ人は明らかに他にもいるようだ。たとえばピーター・デイビッドソンがそうだ(サーフィンブランドのQuickSilverとのパートナーシップによる最新特別モデルに彼は言及している)。参考までに、私はピーターのブログがとても好きだ。
そして私はWeb標準の大家であるドリ・スミスに嫉妬しないよう日々努めている。彼女は1957年製のエアストリームオフィスにしているのだ。]

 

コンテキスト: ギークカンファレンス前夜のチュートリアル。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: 料金はチャリティへの寄付だけ。
[これはRailsの連中がRails Guidebookでやったことだ。私は行かないけど、あなた方はEuropean Rails Conferenceに行こうかと考えてるんじゃない?]

 

コンテキスト: パッケージソフト。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: 箱に特別なスロットがしつらえてあって、特製のTシャツが入っている。
これは今はなくなってしまったmTropolisというマルチメディアオーサリングツール(Quarkが買収し、それから消し去った)がやったことだ。箱を開けてみると(ソフトウェアが固い箱に入っていた時代の話だ)、ディスクのスロットがあり、マニュアルのスロットがあり、そして——なんじゃこりゃ? ——Tシャツの入ったスロットがある。これはとても素敵な贈物だ。このTシャツは私たちそれを持つ者には特別なものとなっている。

 

コンテキスト: ビジネスプレゼンテーションを作成する会社。
コンテキストをはずれたうれしい驚き: 彼らのWebサイトのメインメニューに、「スタッフのタトゥー」という項目がある。
すごくとがっているMissing Linkは、PowerPointをやっている会社(そう呼ぶことができるなら)ということから想像するのとは正反対な所だ。彼らの態度の悪いスローガンは「我々が楽しく面白いからという理由で雇わないでもらいたい。あなた方がそうでないから雇うのだ」というものだ。彼らが「企業プロフェッショナル」らしく見せようとしてわずかでも自分の主張を曲げたりしないところが私は気に入っている。彼らはブログ上で、神と潜在顧客とその他すべての人を前に誓いさえしている

 

最後に一輪挿しに戻ろう。これはすごく単純なものだ。しかし熱烈なニュービートルの所有者には、それは何か特別なものであり、ライトアップする 方法を見つけた人ならなおさらだ。

 

ユーザにコンテキストをはずれた喜びを与えるためのヒント

1) ある分野では普通であり期待されている特徴を取り出し、それが期待されていない所に移してみる。

(例: VWの一輪挿し、Stormhoekのワインラベル、mTropolisの箱に入っているTシャツ)

2) あなたの分野で期待されている特徴を取りだし、その逆をやってみる。

(例: Missing Linkビジネスプレゼンテーションの連中が「プロフェッショナリズム」の特徴をいかに変えているか。)

逆にしたものでユーザが危機を切り抜けられるなら(つまり罪悪感を減ずることができるなら)ボーナス得点だ。例: 「犬・歓迎」の注意書きのあるアパート。

3) まったく似合わないことをする。

(例: テキサス州ブライアン市の水質リポート)

4) 誰も組み合せようと思わないものを組み合わせる。

(例: GeekCruises、スケートボード用の靴とスケートボードアートの展示)

5) ステレオタイプを吹き飛ばす。

6) 通常意味が期待されていないところに意味を付け加える。

(例: Webstockカンファレンス。その名前とスローガン「自由のためのコード」について考えてみよう。私は自分でそれに参加し、その主催者やビジョナリーたちと 時を過ごすことがなかったとしたら、 これを単なるマーケティング上の企みとしか思わなかっただろう。しかしそうではなかった。彼らはまさにそのように意図していたのだ。参加者やスピーカーの多くは、カンファレンスから帰るとき、気持ちを新たにするというだけでなく、本当に世界を救うような仕方でユーザ体験を改善しようという新たな動機づけと活力を手にしていた。たとえば ダレン・フィトラーのWebアクセサビリティのプレゼンテーションを見て変わらなかった人はいないはずだ。)

7) もっとも細かい仕方で詳細にこだわり、それをマーケティングツールとして使わないこと!

(例: キーが触知できるフィードバックを返すHPの計算機。彼らはそうする必要はなかったのだ。)

8) そう期待されていないところに美やセックスアピールを付け加える。

あなたのアイデアは?

[そして、ワオ——あなた方が私の"What makes a popular blog"やダンの2つのポストに対して残してくれた素晴しいコメントを 私はまだより分けているところだ。ほとんど2週間すっかり離れていた私に、なんて素敵な贈物なんだろう。]

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オリジナル:  User delight and the guy-from-the-train phenomenon

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