EA - 人間の物語

ea_spouse / 青木靖 訳
2004年11月10日

私の大事な人はElectronic Artsで働いている。そして私は、あなたが不満な配偶者と呼ぶだろう人間だ。

EAの明るく輝く新しい会社のトレードマークは「すべてに挑戦する」だ。これがどこに適用されるのかは、あまりはっきりしていない。NFLのライセンスを受けたフットボールゲームを次から次へと量産するのが何か挑戦的なことだとは私には思えない。まるで金の農場だ。EAの経営陣でたまたまこれを読んでいる人がいたら、あなたのためにいい挑戦を教えてあげる。あなたが自分の手にする何百万ドルのために背中を踏みつけにしている人たちに、安全でまっとうな労働条件を作るっていうのはどう?

私が名を明かしたとしたら私の家族に起るだろう結果について、私は何の幻想も抱いていない。だからここでは匿名でいさせてもらうことにする。だけど、私は自分たちの話を公にするのに何の抵抗も感じていない。EAが雇っている何千ものエンジニア、アーチスト、デザイナの中から突出するには、これがあまりにありふれたことだと知っているから。

私たちのElectronic Artsでの冒険が始まってから、まだ一年にもならない。私のパートナーが以前働いていた小さなゲームスタジオは潰れてしまった。大きなゲームソフト会社の不正行為の結果だったのだけど、これもまた別な良くある話だ。

Electronic Artsが職を提示して来て、給与は適正だったし、福利厚生も良かったので、私の大事な人はそれを受けることにした。私は彼らが面接で彼に聞いたのを覚えている。「長時間働くことについてはどう思いますか?」 それはゲーム業界にはつきもののことだ——納期が近づいたときに危機的状況になることを避けられるスタジオなんてほとんどない。だから私たちは別に何とも思わなかった。「長時間働くこと」が具体的にはどういうことなのか聞いたら、面接者は咳をしてごまかすと、次の質問に移った。今になってみればその理由が分かる。

何週間かのうちに、制作は加速して「穏やかな」危機状況に入っていった。1日8時間、週6日。まあ、悪くはない。本当の危機状況が始まるまで何ヶ月も残っており、「プレ危機」は最後になって大きな危機状況になるのを防げるのだとチームは言っていた。この時点で、それ以上の危機状況が必要になるようには見えなかったし、プロジェクトは完全にスケジュール通りだった。EAの残業についての説明を真に受けた開発者がどれくらいいたのか、私には分からない。私たちは入ったばかりで経験もなかったので、それを真に受けたのだけど。プロデューサーは期限を設定さえしていた。彼らは危機状況を終わりにする日を定めていたのだ。そしてその日からタイトルの出荷予定日まではまだ何ヶ月もあって、安全なように思えた。

その日がやってきて、そして過ぎ去った。そして過ぎ去り、さらに過ぎ去った。次のニュースが来たとき、それは救済の話ではなかった。さらなる加速。1日12時間、週6日、朝9時から夜10時まで。

何週間かが過ぎた。プロデューサーが設定していた危機状況終了予定は、再び守られなかった。この期間を通じて、プロジェクトはずっとオンスケだった。チームに長時間労働による影響が出るようになった。みんなイライラして、病気になる人が出始めた。何人かがまとまって一度に2、3日脱落したけど、チームは再び均衡状態に戻り、前へと進み続けた。マネージャは正常な状態に戻る予定の日については口にもしなくなった。

このゲームタイトルのプロデューサーが、抜け目なく前もってチームに助走させて備えさせていた「本当の」危機状況に、どうやら入ったらしい。現在の強制勤務時間は朝9時から夜10時まで、週7日——態度の良い者に限り、時々土曜の夜に早く帰ることができた(午後6:30に)。これは平均で週85時間労働になる。

再度の労働時間延長に対する不満と、すでにたまっていたチームの疲労のため、ミスが増加した(それは無駄になるエネルギーの量を余計に増やした)が、そんなことはお構いなしだった。ストレスによる障害が出始めた。何時間か働いた後、目は焦点が合わなくなった。休みが何週間かに一度しかないため、疲労は加速度的に蓄積されていった。

週末が2日あるのには理由がある——これらの日が短縮されると、人の肉体的、感情的、精神的な健康に悪いことが起こり始める。チームは取り除くのと同じくらい多くのバグを作り込むようになった。

そしてどんでん返し。定額給従業員に対するEAの新しい処置が発表された。(a) 残業手当なし (b) 補償時間なし! (補償時間というのは、残業に対する代休のことで、危機状況のときに費やした時間の分だけ、製品出荷後に休みが取れるというものだ。) (c) 今後病欠、休暇は認めない。時間は単に消えてしまったのだ。加えて、EAが最近アナウンスしたのだが、過去において補償時間としてプロジェクトの完了後に数週間の休暇を提示されていたとしても、EAはもはやそれを履行する気はなく、従業員もそれを期待すべきでない、ということだ。さらに、さまざまなゲームの制作があちこちで行われているので、従業員の側には、1つの危機状況を抜け出せたとしても、単に別な危機状況に突っ込まれるだけじゃないかという懸念があった。EAのレスポンスは、彼らはそのような状況を最小化しようとは努めているが、何も保証はできない、というものだった。これは考えられないことだ。彼らはチームを個人個人の肉体的健康の限界にまで押しやっており、そしてそれに対して文字通り何も与えていないのだ。補償時間というのは、この業界では定番のものだが、企業としてのEAはこの一時的救済期間を「最小化」したいと思っているのだ。補償時間を最小化するまっとうな方法は、そもそも危機状況を避けるということなのだが、この恐ろしい危機状況はすでに何ヶ月も続いており、代休のことや、あるいはこの処置の実施期限については、囁きさえもされなかった。

この危機状況は、小さなスタジオでプロジェクトを失敗から救おうとして緊急的になされる努力とも異なっている。いつの時点においても、プロジェクトはオンスケのままなのだ。危機状況はこれを加速もしなければ減速もしない。実際の製品に対するその影響は測定不能だ。この超過労働は意図的で計画的なものであり、マネジメントは、自分が何をしているか分かってやっているのだ。私の最愛の人は、夜遅く帰ってきて、決して消えることのない頭痛に不平を言い、慢性的に胃がおかしくなり、私の励ましの笑顔も効き目がなくなってしまった。

ゲーム業界で働いている人で、仕事を好きでやっているんじゃない人なんていない。チームの誰も、出来の悪い製品を作ろうなんて思っていない。私はこのチームのために心が痛む。彼らは頭が良くて才能のある人たちで、一生懸命何か素晴らしいものを作ろうとしているからだ。彼らはゲームタイトルの成功のために喜んで熱心に働く人たちなのだ。しかしその善意が、ただ浪費されている。驚くことに、Electronic ArtsはFortune誌の2003年版「働きたい会社ベスト100」の第91位に挙げられている。

EAのこれに対する態度は、それが会社のポリシーの一部であることは今や明らかなのだが、「それが嫌なら、どこか他所で働けばいい」というものだ(私は何人ものマネージャから繰り返し聞いている)。やるのか、さもなければ黙って去れ。これがEAの人事ポリシーの基本なのだ。労働者から取れるだけのものを取るということに関しては、倫理や思いやりや知性という概念さえ、けっして対等になることはない。この数百万ドルの企業がゲーム業界でゴジラの行進を続けられるようにするために、生活と健康と才能を犠牲にするつもりのない従業員は、どこか別のところで働けばいいというのだ。

しかしそれはできるのだろうか?

EAのダンスは、Vivendi、Sony、Microsoftのような他の巨人たちと組んで、ゲーム開発ビジネスの大部分を急速に潰すか吸収している。前の時代に財を築いたわずかな独立スタジオ——Blizzard、BioWare、id Softwareが思い浮かぶ——は、かろうじて生き延びているが、この2004年になって、速くて大きなゲームパブリッシャーの整理統合に直面し、もはや契約を取れない小さなゲームスタジオが何ダースも潰れていくのを見てきた。これは、この業界で働いている人にはよく知られていることだ。もちろん才能ある人には、いつでも別な業界へと出て行くという選択肢はある。たとえばブームの商用ソフトウェア開発の領域に挑戦するとか(皮肉を込めようとしている私のうんざりした試みを読み取ってほしい)。

これらのことを大局的に見れば、何かある形が見えてくる。EAが本当に従業員をこのように重労働させる必要があると思っているのであれば——実際には彼らはそう思ってはいないと思う。歪んだオペレーションに対する見方と、あれほどの大きな企業を運営することによる非効率性とが一緒になって、彼らの危機状況の深刻さという結果をもたらしているのだ——それに対する解決法は、状況に応じて、もっと多くのエンジニアか、アーチストか、デザイナを雇うということであるはずだ。労働者を週90時間労働で罰するというのは決して選択肢であるべきではない。他のどんな業界であれ、今問題としている企業は、株が暴落する間もないほど早く、訴訟でビジネスから脱落することになるだろう。Madden 2005は、リリース後の最初の週末で6500万ドル売り上げた。EAの年間収入は約25億ドルにもなる。この会社は金に困っているわけではないのだ。彼らの労働慣行は許し難い。

これに関して興味深いのは、ほとんどの従業員が基準以下で働いているということだ。労働時間のことになるといつも、誰かが必ず「免除」のことを持ち出す。彼らは、ソフトウェアのプログラマを含む、ある種の「特殊な」従業員には残業代の支払いを免除するというカリフォルニア州法を引用している。州議会法案88だ。しかしながら、法案88はエンターテインメント業界には適用されない——テレビ、映画、劇場が具体的に言及されている。さらに、ソフトウェアにおいても、免除に対して最低支給額が設定されている。免除される場合でも、年間90,000ドルは支払わなければならないのだ。EAの従業員の大半がこの給与帯に入っていないことは請け合ってもいい。従って、これらのプラクティスは非倫理的であるだけでなく、違法でもあるのだ。

私は自分たちの状況を見て、「私たち」に問いかけた。あなたどうしてそんなところにいるの? そして答えは、もう、そこにいるのはやめようということだった。そしておそらく、これがEAで働くことの帰結なのだと知っていたなら、私たちは最初から近づきもしなかっただろう。しかしそこには、欺きと、約束と、保証があった——高価な熱帯魚の水槽のある、大きくて素敵なオフィスビル——そのすべては、結局のところ、従業員を製品が出荷されるまでプロジェクトにどうにかつなぎ止めておくための、手の込んだ方法だったのだ。そして必要になれば、守られることのない約束を聞く用意のある、新鮮な一群の人々をまた雇ってくるのだ。EAのエンジニアリング職の離職率は、約50%だ。これがEAの動いている有様なのだ。今では私たちは知っており、先に進むことができる。そうよね? みんなもそういう道を選んでいるようだ。でも十分じゃない。最後には私たちの状況がどうなるにせよ、こんな「ビジネス」は正しくないし、人々はそのことを知る必要があり、それが今日、私がこれを書いている理由だ。

EAのCEOのラリー・プロブストと電話で話せるなら、彼に聞きたいことがいくつかある。「あなた、年俸はいくらなの?」というのは単なる興味だ。私が知りたいのはこういうことだ。ラリー、あなた自分の会社の従業員に何をしているのか分かっているの? 彼らが肉体的な限界のある、感情を持った、家族のいる人間だってことが、分かっているの? ねぇ?

自分の意見と、才能と、ユーモアのセンスを持った人間なのよ? あなたが私たちの夫や妻や子供をオフィスで週90時間働かせて、疲れ切って、無感覚になって、生活にうんざりした状態で家に帰すなら、あなたが傷つけているのは彼らだけじゃない。彼らの周りにいる人たち、彼らのことを愛している人みんななんだってことが、分かっているの? あなたが利益の計算やコストの分析をしているとき、あなたはそのコストが、生の人間の尊厳で支払われているんだってことが、分かっているの? ねぇ?

 

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オリジナル:  EA: The Human Story

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