感情に訴えるデザインの3つの要素 (TED Talks)

Donald Norman / 青木靖 訳
2003年2月

今度から美に生きることにしました。(笑)  みんな言ったものです。ノーマンはいいけど、彼の言う通りにやると使いやすくてみっともないものができる。そんなつもりはなかったんですけどね……。これ素敵でしょう? セッティングをしてくれてありがとう。純粋に素晴らしい。これが何なのか、何の役に立つのかわかりませんが、ただ欲しいと感じます。それが私の新しいあり方です。美や、魅力や、感情とは何かを理解すること、それが新しい私です。ものを素敵で楽しくするというのが、私の新しいテーマです。

juicer これはアレッシィが出しているフィリップ・スタルクがデザインしたレモン搾りです。すごく楽しい。私の家にもあります。玄関のところにですけど。レモンを搾るのには使いません。(笑)  私が買ったのは金色のスペシャルエディションなんですが、小さな注意書きが入っていました。「レモンを絞るのには使わないでください。金メッキが酸で痛みます」(笑)  だから箱入りのジュースを買ってきてグラスに注いで写真を撮りました。(笑)

下に置いてあるナイフをご覧ください。日本製のグローバルナイフです。まずこの形。見ているだけでも素晴らしい。それから手に持った時のバランスが絶妙で、心地良い。3番目に、切れ味がすごくいい。使っていて楽しく感じます。だからこれには全部揃っています。美しくて、機能的。これについてストーリーを語ることができ、観念的でもあります。私は情動に関して理論を持っているのですが、この3つがその要素なのです。

ping pong tableMITメディアラボの石井裕のグループが、プロジェクターを卓球台の上に付けて、水とその中を泳ぐ魚を卓球台に投影するようにしました。卓球をしてボールがテーブルに当たると、そこに水紋が広がって魚が逃げます。しかしボールはテーブルの反対側に当たってまた水紋を作るので、かわいそうな魚たちは休む暇がありません。(笑)  これは卓球をやるのにいい方法でしょうか? まさか。では楽しいでしょうか? もちろん! 

Googleの画面です。"emotion and design"で検索すると、10ページの結果が返ってきますが、それに合わせてGoogleのロゴが引き延ばされています。「73,000件の1から20番目を表示」みたいに言うかわりに、ページ数に合わせて“o”を付けるのです。すごくシンプルで些細です。これを目にしてそうとは気づかない人も多いと思います。潜在意識は気づいていて快く感じるのですが、本人にはそれがなぜなのかわからない。うまいやり方です。何よりもいいのは、"design and emotion"で検索すると、1番上に出てくるのが私のWebサイトだということです。(笑)  変なのはGoogleが嘘を付くことです。"design and emotion"で検索すると、「andは省略可能です」と言われます。それならと"design emotion"で検索してみると、私のWebサイトは1番目ではなく3番目になってしまいます。まあ、これは別な話ですが。

mini cooperこれはニューヨークタイムズに載っていた、ミニクーパーのすばらしいレビュー記事です。こう書いてあります。「よく知られている通り、この車には欠点も多いのですが、それでも買うことです。運転するのがこんなに楽しい車はありません」。車の中を見ると……よく見たかったものですから、レンタルして息子に運転させて写真を撮ったんです……車の中のデザインが楽しい。丸くてかわいらしい。操作性は素晴らしいばかり。これが私の新しいスタイルです。楽しいのが一番。快適なものは良く機能すると本当に思います。それがどういうことなのか良くわかりませんでしたが、ようやく解明しました。

たとえば地面に板を置いたとしましょう。幅60センチ、長さ10メートルの板があって、その上を歩くところをイメージしてください。足元を見なくとも歩けます。前でも後でも、 ジャンプだってできます。全然問題ありません。では同じ板を100メートルの高さに据えたらどうでしょう?  私は近づこうとも思いません。遠慮しておきます。強い恐怖感のため体が動かなくなります。これは実際脳の働き方に影響を与えるのです。ポール・サフォーは、講演の直前にならないと話す内容が決まらないと言っていました。不安感が集中させてくれるのだと。それが恐怖や不安がすることなのです。深さ優先処理とでも言うのでしょうか、気を散らさずに集中させ、そして板の上を渡らせない。できる人もいます。サーカスの団員や建設現場の作業員など。しかしこれは本当に頭の働きを変えるものなのです。

心理学者のアリス・アイセンは。見事な実験をしました。問題を解くように学生を部屋に集めます。こっちに紐がぶら下がっていて、向こうにも紐がぶら下がっています。部屋は空っぽ、ただ紙やらハサミやらガラクタがいろいろと載ったテーブルがあるだけです。そして学生たちを呼んで、言うのです。「生活の中でいかに良く行動できるか測定するIQテストをします。ここにある2本の紐を結び合せることはできますか?」 1本の紐をつかんで引っ張っても、もう1本に手が届きません。どうやっても届かないのです。解ける人は1人もいませんでした。次のグループを部屋に入れて、こう言いました。「始める前に、キャンデーの箱があるんだけど、私食べないから、みんなキャンデーは好きかしら?」 みんなキャンデーが好きだったので喜びました。すごくではありませんが、ちょっとうれしくなりました。そして彼らは問題を解いてしまったのです。わかったのは、不安な時には脳の中で神経伝達物質が放出され、深さ優先の思考をさせるということです。楽しい時には……正の誘発性と呼ばれていますが……前頭葉にドーパミンが放出され、脳は幅優先の問題解決をするようになり、周りの刺激を受けやすく、より自由な発想をするようになります。ブレーンストーミングなんかそうです。ブレーンストーミングでは楽しくみんなでゲームをします。「批評しないこと」と言い、奇抜でいかしたアイデアを出し合います。しかしいつもそんな状態だったら、仕事が進まなくなるでしょう。途中で「ああ、いいこと思いついた」となるからです。だから仕事を成し遂げるためには締め切りを設定する必要があります。そうすると不安になり、脳は違った働き方をします。楽しい時に物事がうまくいくのは、クリエイティブになるからです。小さな問題があっても、「どうにかなるさ。大したことないよ」とね。

処理には本能レベルというのがあります。私たちは共適応によって明るい色を好むようになりました。哺乳類や霊長類は、果物や鮮やかな植物が好きで、果物を食べて種子を広めます。脳の中には驚くほどたくさんのものが詰まっているのです。私たちは苦い味や、うるさい音や、熱い気候、寒い気候が嫌いです。怒っている声や、しかめっ面が嫌いです。私たちは対称的な顔が好きです。などなど。本能レベルとはそういったものです。デザインではこの本能レベルをいろいろ活用できます。フォントを選ぶとき、赤は活気やエキサイティングな感じを出せます。

1963年型ジャガーです。これは実際ひどい車で、壊れてばかりいます。でも持ち主には愛されています。とても美しく、近代美術館の所蔵品にもなっています。

水の壜です。これを買うのは水のためではなく、壜のためです。水を飲んだ後、捨てたりはせず、とっておきます。古いワインの壜のように、飾ったり、水を入れたりします。水のために買ったのではないということです。これは本能的な体験なのです。

処理の中間レベルは行動レベルで、私たちは多くのことをこのレベルでやっています。本能レベルは無意識で自覚はありません。行動レベルも無意識で自覚はありません。私たちのすることの多くは無意識です。私はステージを歩き回っていますが、自分の足をコントロールしようとは思っていません。講演も多くの部分を無意識に行っています。あらかじめリハーサルし、十分に考えてあります。私たちのすることの多くは無意識で、自動的な振る舞いです。熟練の技は無意識で、体が覚えているものです。そして機能のデザインにおいてはコントロールの感覚が大事です。これにはユーザビリティや理解が含まれますが、重みとか感触というのも重要です。グローバルナイフが素敵なのはそこです。とてもバランスが良く、鋭く、切る行為を本当にコントロールしていると感じられる。あるいは高性能なスポーツカーで難しい道をぶっ飛ばす。ここにも環境を完全にコントロールしている感覚があります。感覚的な喜びです。

これはKOHLERの「ウォーターフォールシャワー」です。下にある出っ張りがすべてシャワーヘッドになっています。一度に全身にシャワーを浴びることができます。何時間でも浴びていられます。水を無駄にすることもありません。同じ汚れた水が再利用されるようになってますから。(笑)。

tilting teapotこれは本当に素敵なティーポットで、シカゴのフォーシーズンホテルで食事したときに見つけました。ロンネフェルトのスリーピングポットです。普通のティーポットのように見えますが、使うときは横にして紅茶の葉を入れ、お湯を注ぎます。そうすると茶葉はお湯にすっかり浸かります。茶葉は右側に、この線の右側にあります。中に小さな出っ張りがあって、茶葉はそこに入れ、お湯に浸かるようになっています。お茶がほぼ出来上がったら斜めにします。そうすると茶葉は一部だけお湯に浸かる状態になり、抽出を完了させます。すっかり終わったら、まっすぐ立てます。茶葉はこの線より上にあり、お湯はここまでなので、茶葉は浸かりません。これはコミュニケーションであり、それは情動に関わるものです。情動とは行為に伴うものなのです。世界の中にあって安全だということ。認識は世界の理解に関わるものであり、情動はそれを良いとか悪いとか安全だとか危険だとか解釈します。そして行為に備えます。筋肉が緊張・弛緩するのはそのためです。他の人の感情がわかるのもそのためです。人の筋肉は無意識に動き、ことに顔の筋肉はとても豊かに感情を表せるよう進化してきました。このポットには表情があり、ウェイターにこう伝えることができます。「もう終わったよ。この通り……立っている」。ウェイターは通りかかったときに言うでしょう。「差し湯いたしましょうか?」 気の利いた素敵なデザインです。

処理の第3のレベルは内省レベルで、これは超自我のような、行動を制御しない脳の部分、感覚とつながっていない、筋肉をコントロールしない部分です。これは何が起きているのか見ている頭の中の小さな声です。観察して言うのです。「これは良い、あれは悪い」。「何でそんなことするの?  わからないよ」。これは頭の中の小さな声であり、意識の座です。

これは素晴らしい内省的製品です。ハマーを持つ人は言っています 「いろんな車に乗ってきて、魅力的な車もあったけど、これほど人の注意を引ける車は他にないよ」。車自体よりも、車のイメージが重要なのです。さらにポジティブなモデルをお望みなら、このGM車があります。この車を買う理由は環境に気を使っているからです。初期のモデルは高価で、完成度が低くいものですが、それでも環境を守るために買うわけです。これは内省的デザインです。そしてこのびっくりするような高級腕時計。見た人は言うでしょう。「そんな時計持ってるとは思わなかった」。こっちの時計とは正反対です。これは純粋に機能的な時計で、さっきの1万3千ドルの時計よりも正確でしょうが、でも醜い。ドナルド・ノーマン的です。

chair with claw面白いのは、人が情動と別なものとを戦わせることです。落下に対する感覚的な恐怖と、内省的に「大丈夫、大丈夫、安全だ、安全だ」と言う状態。遊園地が錆びついていて壊れかけていたら、誰も乗ろうとなんかしないでしょう。一方と他方とを戦わせているのです。もうひとつ面白い例は・・・(ずっこけたような椅子) (笑) ジェイク・クレスは家具職人で、こういう信じ難いような家具を作っています。これはかぎづめのある椅子で、この小さく哀れな椅子は、ボールをなくしてしまい、他の人に気付かれる前に取り戻そうとしています。これが素敵なのは、人がこのストーリーを受容することにあります。感情の素敵なところです。これが新しい私です。これからはいいことだけ言うことにします。(笑) (拍手)

[これはTED公式日本語訳です。翻訳をレビューしていただいた成田渉氏に感謝します。]

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オリジナル:  Talks Don Norman on 3 ways good design makes you happy

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