最も楽しい経路が選べる地図

Daniele Quercia / 青木靖 訳
2014年11月 (TED@BCG Berlin 2014)

告白することがあります。私は科学者としてエンジニアとして長年効率を追求して来ましたが、効率というのもカルトであり得るのです。それで今日は私がこのカルトを捨ててもっと豊かな現実へと戻ってきた旅路についてお話ししたいと思います。

数年前、私はロンドンでの博士課程を終え、ボストンに越してきました。そしてボストンからケンブリッジの職場に通っていました。その夏にロードレース用の自転車を買って毎日自転車で通勤していました。経路をスマホで調べると、マサチューセッツ通りを行くようにと出ました。それがボストンからケンブリッジへの最短経路だと。1ヶ月ほど車の往来の激しいその道を通っていましたが、ある日違う道を選びました。なぜその日に限って遠回りすることにしたのか覚えていません。ただその時の驚きは良く覚えています。

その通りには車がいなかったんです。すぐ側の車ばかりのマサチューセッツ通りとは大違いです。その通りには木がたくさんあって緑に覆われていたのも驚きでした。しかし驚きの気持ちが過ぎると、私は恥ずかしさを感じました。どうして自分はそんなにも盲目だったのかと。丸1ヶ月もの間、自分はモバイルアプリに捕らわれ、最短経路で職場に行くことしか頭にありませんでした。その過程で道を走るのを楽しむとか、自然を肌で感じるとか、行き会う人と視線を交わすといったことはまるで考えませんでした。それも単に通勤時間を1分短縮するためです。

皆さんにも伺いましょう。そういうのは私だけでしょうか? 道順を調べるのに地図アプリを使ったことがない人いますか? たいていの人はあるでしょう。確かに地図アプリというのはとても便利なもので、人々にもっと街を探索するよう促します。スマホを見るだけで行くべき道が即座に分かります。しかし地図アプリは目的地への行き方として限られた道順しか示しません。それが目的地に行く唯一正しい道だと思い込ませます。

この体験は私を変えました。研究対象も、それまでのデータマイニングから、人々が街をどう体験するか理解することへと変わりました。それまで社会科学で行われていた実験をコンピュータサイエンスの道具を使って大規模に行うようになりました。伝統的な社会科学の実験の見事さや巧みさに魅了されました。ジェイン・ジェイコブズやスタンレー・ミルグラムやケヴィン・リンチなどです。

その研究の結果として新しい地図ができあがりました。青で示した最短経路を見つけるだけでなく、赤で示した最も楽しめる経路も教えてくれる地図です。どうやって実現したのか? かつてアインシュタインは言いました。「論理ではA地点からB地点にしか行けないが、想像力はどこへでも連れて行ってくれる」。それで想像力を働かせ、まず人々が街の中のどこを美しいと思っているか知る必要に気付き、ケンブリッジ大の同僚と一緒に簡単な実験を考案しました。

この2つの都市の景観を見せてどっちが美しいと思うか聞いたら、何と答えますか? 遠慮しないで。Aだと思う人? Bだと思う人? (聴衆がみんなBに手を挙げる) そうでしょうとも。このアイデアに基づいて、クラウドソーシングを使ったウェブゲームを作りました。参加者は、一組の都市の風景を見てどちらが美しいか、静かか、楽しそうかを答えます。何千というユーザーの答えを集約することで、どの場所をみんながより好ましく感じるか分かりました。

その研究の後、私はYahoo Labsに加わって、ルカとロッサーノとチームを組み、ロンドンで好まれている場所のデータを集めて新しい地図を作りました。人の感情によって重みづけられた地図です。 この地図では地点Aから地点Bへの最短経路を見つけられるだけでなく、楽しい経路、美しい経路、静かな経路も見つけられます。実験の参加者は、楽しい経路や美しい経路や静かな経路の方が最短経路よりもずっと快適だと言っています。しかも移動時間はほんの数分長くなるだけです。

参加者はまた、場所と思い出の結びつきも素敵だと考えています。昔のBBCがあった場所のようなみんなが共有する思い出や、ファーストキスをした場所のような個人的な思い出です。人はまた場所特有の匂いや音も記憶しています。だから見た目の美しさだけでなく、匂いや音や思い出との結びつきから最も好ましい経路を見つけてくれる地図があったらどうでしょう? それが今私たちの研究していることです。より大きな意味では、私の研究は単一の経路の危険を避けること、人々から街の総体的な体験を奪わないようにするということです。駐車場の代わりに公園を通ることにすることで、道のりはまったく違ったものになります。車ばかりの道の代わりに好きな人にたくさん出会える道を選ぶことで、道のりはまったく違ったものになります。単純な話です。

最後のまとめですが、『トゥルーマン・ショー』は覚えてますか? メディアを風刺した映画で、主人公は自分が番組用の作り物の世界に住んでいることを知りません。私たちもまた、効率という名の作り物の世界に住んでいるのかもしれません。自分の日頃の習慣を振り返って、あの映画の主人公のように、作り物の世界から脱出することにしましょう。なぜなら「冒険は危険だと思うかもしれないが、決まり切った日常こそ致命的だ」からです。ありがとうございました。(拍手)

 

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オリジナル:  Daniele Quercia: Happy maps