クリフォード・ストールがいろんなことを話します (TED Talks)

Clifford Stoll / 青木靖 訳
2006年2月

ここにいられることをとても喜んでいます。招待していただいて光栄です。どうもありがとう。私は自分の興味あることについて話したいと思うのですが、あいにくと私が興味を持つことは、他の人が興味を持たないようなことばかりです。第一私の肩書は天文学者です。天文学の研究についてお話ししたいところですが、「非灰色大気の放射伝達および木星の上層大気中における偏光」などに興味を持つ人の数は、バス待合所に入りきるくらいでしょう。だからこの話はしません。(笑)

1986年から1987年にかけてローレンスバークレー研究所のコンピュータにハッカーが侵入した時の話も面白いかもしれません。私が連中を捕まえたのですが、彼らは当時ソビエトのKGBのために働いていて、盗んだ情報を売っていたのでした。その話だったら喜んでしますけど…しかし20年たった今…コンピュータセキュリティは、率直に言って退屈だと思います。面倒くさいし…私は…最初に何かをやれば、それは科学です。2番目なら工学と呼ばれます。そのあとは単なる技術になります。私は科学者なので、一度何かをやったらそのあとは別なことをします。だからこの話はしません。私は当たり前なことを最初の本の「インターネットはからっぽの洞窟」に書きましたが…それとも2番目だったかな…あの本に書いたことも話しません。学校はコンピュータを使うべきでないことも。

学校にもっとコンピュータを導入すべきだというおかしな考えが流布していますが、私の考えでは、とんでもない!  学校から排除して入れないようにすべきです。このことについて話したいとも思いますが、小学4年生の教室に出入りしている人間には明らかなことなので、わざわざ話すこともないでしょう。しかしこれに関しては、あるいは他のことも、みんな間違っているかもしれません。だから私の書いたものを読んだりしないことです。きっと間違ってますから。

私は講演の概要を5分ほど前に書いておきました。(手の平に書いたメモを見せる―笑) これを見てもらうと、親指に書いたメイントピックは未来についてです。未来について話すのはいいんだよね? 私の感覚からすると、この白髪頭の男に未来について聞くなんて変な話だと思います。私が未来の話をするなんて馬鹿げています。実際、未来がどんな風になるか知りたければ、未来について本当に知りたいなら、技術者とか科学者とか物理学者なんかに聞いちゃだめです。コードを書くような人間には聞かないことです。

社会が20年後にどうなるか知りたければ、幼稚園の先生に聞くことです。彼らは知っています。どの人でもいいわけではありません。経験が長い人に聞いてください。彼らはこの後の世代の社会がどうなるか知っています。私は知りません。将来どうなるとか話している人も大方知らないだろうと思います。私たちは確かに今後出てくる新しくてクールなものについて想像することはできます。しかし私に言わせるなら、未来とはモノの話ではありません。私が考えるのは、社会がどんな風になるかということです。今日の子供たちはテキストメッセージが驚くほど達者で、多くの時間を画面を見て過ごしますが、誰かと一緒にボーリングに行ったりはしません。

変化が起きています。ソフトウェア以外のところで。しかしその話はしません。きっと楽しいだろうから話したいんですが、私が今やっていることについてお話します。私は今何をしているのか?  そうだ、もうひとつ話したいものが。これ、これ。(薬指を示す―笑) 見えますか? お話ししたいのは片面しかないもののことです。片面だけのものについてすごくお話ししたい。メビウスの輪が好きなんです。それだけじゃありません。実際にクラインの壺を作っている人間なんて、世界広しといえどあんまりいないでしょう。すぐには信じられないかもしれません。これがクラインの壺です。ご存知の人はきっと目を回してたまげたと言うでしょう。面が1つしかない内側が外側な壺です。容積がありません。向きがありません。素晴らしい性質があります。メビウスの帯の縁を貼り合わせるとクラインの壺ができます。私はそれをガラスで作っています。これについてお話ししたいけどあんまり話すことがありません…(クリスにクラインの壺を渡して、代わりにクリスの飲みかけのペットボトルを持って行って飲む―笑) (クリス: 私は風邪引いてるよ!)

ところでTEDのDはもちろんデザインのDです。ほんの2週間前に、売り物としてクラインの壺の小さいのと中くらいのと大きいのを作りました。これです。できたばかりのやつをお見せできるのはうれしい。これはクラインのワインボトルです。4次元では液体を保持することができないのですが。我々のいる宇宙は3次元しかないのでそれができます。3次元なので液体を入れられるんです。すごくクールでしょう。1か月かかりました。トポロジーについてすごく話したいんですが、その話はしません。(ペットボトルから一口飲んでラベルを訝しげに見る―笑)

かわりに母のことを話します。去年の夏に亡くなりました。母は、母親が皆そうするように、私の写真を集めていました。これを映してくれる? 母のアルバムを見ていたら、私の写真がたくさんありました。1969年です。たくさんのダイヤルの前に座っています。これを見て思わず叫びました。ああ、電子音楽スタジオで働いていたときのだ!  私は技術者としてニューヨーク州立大バッファロー校の電子音楽スタジオで装置の修理や保守をしていました。ワオ! タイムマシンだ!  なんてことだろう。昔に引き戻されました。

それから別な写真を見つけました。こっちにいるのはもちろん私です。こちらはロバート・モーグ。モーグシンセサイザーの発明者です。去年の8月に亡くなりました。ロバート・モーグは心の広い親切な人で、非常に優れたエンジニアであり。音楽家でした。大学生になったばかりの私に教えるため時間を取ってくれました。トルーマンズバーグから教えに来て、モーグシンセサイザーだけじゃありません、ここに座って、当時は物理学を勉強していました。1969~71 年のことです。物理学を勉強しました。彼は言っていました。「それはいいことだよ。物理をやっているなら電子音楽なんかにはまってちゃいけない」。私の師です。やってきて何時間も私に付き合ってくれました。大学院に入るための推薦状も書いてくれました。向こうに写っているのは私の自転車です。この写真が友達の部屋で撮ったものだと気づきました。ロバート・モーグは私とグレッグ・フリントに見せるため、たくさんの装置を持って来ました。私たちは座ってフーリエ変換とかベッセル関数とか変調伝達関数とか、そういったことについて話しました。ロバートが去年の夏に亡くなったのは我々みんなにとっての損失です。現在の音楽家はすべてロバート・モーグから大きな影響を受けています。(拍手)  これからやることについてだけ話しましょう。(写真の中のオシロスコープを指して) これがわかるといいのですが…歪んだ正弦波です。ほとんど三角波に近いのが、ヒューレットパッカードのオシロスコープに表示されています。

いいぞ、ここまで来ました。(中指に書いた文字を示す) 子供について。子供について話すのは構わない?  ほら、ここで子供の話をすることになっています。それが話したいことです。私の頭は十分に大きくありません。だから小さく考え、小さく行動します。私が何かをやる一番いい方法は、すごく小さくやることです。だからこっちで博士号をやり、あっちで学位をやり、という具合。1 年ほど前、学校の先生たちにこういった話をしました。そうしたらその人たちが言ったのです。「だったら教えに来たらいいじゃないですか?」 私は「教えていますよ。大学院でも学部でも教えています」と言いました。「そうじゃなくて」と彼らは言います。「子供に関心がおありなら、最前線にいらっしゃればいい。実際やってみればいいじゃないですか」

確かにその通りです。私は週4日、中学2年生に教えています。時々教えに行くというのではなく、出勤しています。昼休みだってあります。(拍手) いやいや、これは拍手してもらうことじゃありません。これはあなた方の1人ひとりがすべきことだと強く思います。ときどき授業にやってくるというのではなく、きっちり1週間教えるのです。まあ4分の3ですが、でも十分です。私は理科の授業で言いました。「君たちに大学のレベル物理を教える。解析を使わずに。三角関数は知らなくて大丈夫。でも中学2年の代数は必要だよ。そして本格的な実験をやる。第7章を開いてそこにあるヘンテコな問題を解きなさいなんて言わない。本物の物理学をやるんだ」。それが私の今やっていることの1つです。(オシロスコープのスイッチを入れると高い電子音が出る)

このスイッチを入れる前に、3週間ほど前教室でやったことですが…レンズを使って、光の速さを測定したのです。エルサリートの私の生徒たちは、むろん私の手助けがあってのことですが、くたびれたオシロスコープを使い、光の速さを測ったのです。25パーセントの誤差でです。光の速さを測った中学2年生をいったい何人知っていますか?  それにくわえて、私たちは音の速さも測りました。ここで光の速さの測定をやりたくて準備し始めました。ちょっとした工夫で光の速さを測ってやろうと準備したんですが、ここでやろうとすると、準備だけで10分かかってしまうのがわかりました! そんな時間はありません。もしかしたら次回やるかもしれません。光の速さです!

しかしそれまでは、音の速さを測ることにしましょう!  音の速さを測る簡単な方法は、音を何かに反射させてエコーを調べることです。しかし…私の生徒のアリエルが言ったのです。「波の方程式を使って光の速さを測ることはできませんか?」 波の方程式では周波数かける波長が定数になることは、みなさんご存知でしょう。周波数が高くなれば波長は短くなります。波長が長くなれば周波数は低くなります。だからここにある波は…(カメラマンに)ここを映して…周波数が高くなると狭くなります。周波数が低くなると広くなります。簡単な物理です。中学2年で習ったでしょう?  中学2年の物理で教えていないのは、本当は教えるべきなんですが、音や光の周波数と波長を掛け合わせると定数になるということです。その定数が音(あるいは光)の速さです。だから音の速さを測ろうと思ったら、知る必要があるのは周波数ですが、それは簡単です。ここに周波数カウンタがあります。2つ上のAに設定することにしましょう。これで周波数はわかります。1.76キロヘルツです。その波長を測りましょう。もうひとつビームを出します。下のビームは私の話している声です。私がしゃべると画面に出ます。マイクをここに置いて、音源から離していくと、螺旋のように動いていくのがわかるでしょう。動かして別な山に重ねます。こんな風に。物理の専門家が聞いていたら目を回すでしょうが、ご勘弁ください。(笑)

波長を測るには、ここからここまでの距離を、1つの波の長さを測ればいいのです。ここからここまでが音の波の長さです。巻尺を置いて、ここからここまで動かします。マイクを…20センチ動かしました。ここから、ズズズズズズッ、ここまで0.2メートルです。エルモのところに戻りましょう。周波数は1.76キロヘルツ、1760ヘルツです。波長は0.2メートル。計算してみましょう。(計算尺を取り出すー笑ー拍手) 1.76かける0.2は、ここ、352メートル毎秒です。本で調べたら正確には343なんですが、このいい加減な道具立てと、このまずい飲物で音の速さを測ったんです。悪くないでしょう。(笑)  上出来です。

そして私の一番お話ししたかった話です。百万年前の私の写真に戻りましょう。これは1971年で、ベトナム戦争の最中でした。私は「ああ何て事!」と思いました。私は物理を勉強していました。ランダウ-リプシッツに、レズニック-ハリデイ。私は中間試験のため家に戻りました。キャンパスでは暴動が起きていました。暴動です!  エルモはもういい。(OHPを畳む) キャンパスでは暴動が続き、警察が私を追ってきました。キャンパスを歩いていたら、警官が私を見て言いました。「おい、お前学生か!」 銃を取り出して、ボンッ!  ペプシ缶くらいの大きさの催涙弾が私の頭の横をかすめました。プシューッ! 催涙ガスを吸って息ができなくなりました。警官はライフルを手に追いかけてきます。頭をぶん殴るつもりでいるのです。「逃げなきゃ!」 キャンパスを必死になって走り、ヘイズホールにもぐりこみました。鐘楼のついた建物です。警官は追いかけてきます。1階、2階、3階、追ってきます。鐘楼の入り口まで来ました。私はドアを閉めて上に登り、振り子のところを通り過ぎました。私は思いました。ああ、長さの2乗根に周期は比例するんだ。(笑)

私は登りつづけ、文字盤の裏まで来ました。チック、タック、チック、タック。私は内側にいたので、時計は逆向きに進んでいます。そしてローレンツ収縮とアインシュタインの相対論について考えました。上っていき、奥まったところの木製の梯子を登りました。一番上に出たら、ドーム型の小塔でした。3メートルくらいのドームです。私は外を眺め、警官が学生の頭を殴り、催涙弾を撃ち、学生がレンガを投げるのを見ました。そして思いました。自分はここで何をしているんだろう? なぜここにいるんだろう? それから高校時代の英語の先生が言っていたことを思い出しました。鐘を鋳造するときには銘を刻むのだと。それで私は鐘からハトの糞をぬぐい取って見てみました。私はなぜここにいるのかと考えながら。

ヘイズホールの鐘楼の鐘に刻まれていた言葉をお教えしましょう。「真実はひとつ。真実の光のもと、我々の科学と信仰への努力が、人類に着実な進歩をもたらさんことを。闇から光へ、狭い心から広い心へ、偏見から寛容へ。命の声が、集いて学べと呼んでいる」。どうもありがとう。

 

[これはTED公式日本語訳です。翻訳をレビューしていただいた久島昌弘氏に感謝します。]

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